2018年06月19日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅C 興福寺

戒壇院は近世に入って博多の禅寺が管理するようになりました。
そこで律宗と禅宗の確執が生じ、
律僧は興福寺に隠居。
興福寺にはその位牌があります。
興福寺は戒壇院の唯一の末寺で、隠居寺でしたが、
18世紀後半に戒壇院との本末関係はなくなりました。
現在の 興福寺は雷山千如寺(真言宗)の末寺です。

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大師堂

空襲で本堂は被災。被災後の本堂を移築したのが今の大師堂です。

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戒壇院と同じ碑

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観世音寺と同じ首なし地蔵

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大師堂の御本尊

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隠居した和尚たちの御位牌

本尊左側の十一面観音立像が美しいと思いました。

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十一面観音立像

これは戒壇院から隠居してきた運照律師が
仏師正慶(照慶)を京都から招き、
1717年に奈良長谷寺の十一面観音像の姿を模して、
当地の樟材で造らせたものだそうです。

◆興福寺:糸島市香力190

posted by 理乃 at 11:47| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月18日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅B三雲南小路遺跡

伊都歴史資料館で展示されていた甕棺が出土した遺跡です。

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1822年、三苫清四郎が住宅の土塀を築こうと
南小路の畠の土を取ろうとして偶然発見したもの。
1974年(昭和49年)の再調査時に「2号甕棺(王妃墓)」が発見され、
平成の調査で周溝を持つことが判明。
方形周溝墓で、甕棺を2器を添えるように置いた墓とされています。
西側の周溝に祭祀跡の痕跡あり。

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※ウィキペディア参照
◆三雲南小路遺跡 :糸島市三雲453
posted by 理乃 at 18:33| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月12日

らっきょうの甘酢漬け(土付きらっきょう)

らっきょうの甘酢漬けを作りました。

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写真は2kg分

◆材料
土付きらっきょう‥‥1kg
塩‥‥20g(塩漬け用)

らっきょう酢
  水…150ml
  砂糖(氷砂糖)…250g
  米酢…350ml

◆作り方
@土付きらっきょうをバラしながら流水で手早く洗う。
A根と頭を切り落とす。
B塩をらっきょうに振りかけ一晩置く。
C手早く水洗いして塩を流し、ザルにあける。
D鍋にたっぷりの湯を沸かしてらっきょうをザルごと10秒つける。
E湯から引き上げて湯切りして、冷ます。
F冷ましている間にらっきょう酢を作る。
 水150mlに砂糖(氷砂糖でもOK)250gを加えてアルミ以外の鍋でひと煮たちさせる。
 氷砂糖の場合は完全に溶けなくてOK。
G冷めたら米酢350mlを加える(醸造酢、黒酢などでもOK)。
H冷めたらっきょうをアルコールで消毒して水気を切ったビンに入れる。
Iその上かららっきょう酢をらっきょうがよく浸るまで注ぎ入れる。
J2〜3日間はビンをよく振る。
K冷暗所に2ヶ月置いたのち完成。(10日後には食べてOKだが、まだ味は馴染んでない)
posted by 理乃 at 18:00| Comment(0) | ★簡単レシピ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅A 伊都歴史資料館

ずっと行けなかった「伊都歴史資料館」。

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ついに今回の旅で行けました。
ここはただものではない伊都国に
惹きつけられる出土品を見ることができます。
平原遺跡は弥生時代後期から終末期の5基の周溝墓群を合わせた名称。
その 1号墓の「王墓」は「女王墓」ではないかといわれています。
中でも王墓から出土した40面の一つ、
大型内行花文鏡(ないこうかもんきょう/直径46.5センチメートル、重さ8キロ/国宝)は国内最大の鏡!
これを見ずしてどうしよう?です。

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レプリカ

平原王墓の発見当時の状況を原寸大で復元した模型もあります。

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「魏志倭人伝」に登場する伊都国とはいかなる国だったのか?
「魏志倭人伝」にはこう記載されています。
「末廬國から)東南へ陸を500里行くと伊都國に到る。
そこの長官を爾支(にし、じき)といい、
副官は泄謨觚(せつもこ、せつぼこ)・柄渠觚(ひょうごこ、へいきょこ)という。
1000余戸の家がある。
世々(丗)に王があるも、みな女王國に統べて属する。
帯方郡(たいほうぐん)の使者が往来して、
ここに常にとどまる場所である」
『魏志倭人伝』の中で王がいたと書かれているのは
伊都国、邪馬台国、狗奴国で、
他の国々には長官、副官などの役人名しか書かれていません。

平原王墓以前の王墓である三雲南小路(みくもみなみしょうじ)遺跡の甕棺なども展示。

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古代ファン必見の歴史資料館です。
posted by 理乃 at 17:26| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月10日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅@怡土城

M氏が案内する糸島の旅。
今回もディープすぎて消化不良です。
太宰府ブックカフェの準備から解放されたので、
振り返って学び直したいと思います。
立ち寄った順番に紹介していきますが、
最初は怡土城。
松本清張作「眩人」にも登場する吉備真備。
遣唐使として在唐18年、
帰国して朝廷で活躍するも、
勢力争いの中で疎んじられ、
筑前守次いで肥前守に左遷されます。
さらに再び遣唐副使を命じられ入唐。
なんとか無事帰国すると大宰大弐として大宰府へ左遷。
756年に新羅に対する防衛のために怡土城を築きます。
怡土城は高祖山(標高416メートル)の西斜面に756年から768年にかけて築城されました。
大野城のような朝鮮式山城ではなく、
唐で学んだ真備らしく中国式山城となっています。
764年に東大寺建設で長官として呼び戻された真備に替わって
佐伯今毛人(さえき の いまえみし)が築城を担当しています。
怡土城は高祖山の西斜面にたすき状に築かれ、
北西尾根線上・南西尾根線上に望楼跡が、
西山裾に南北約2キロメートルの土塁線が残っています。
怡土城の築城については『続日本紀』に記載されています。

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中世になると原田氏が怡土城を再利用して高祖城を築城しました。
今も残る土塁跡に感動!
かつては濠もあったのだとか。
ここは大鳥居口。
城門があったところで、
土塁上には記念碑(怡土城址碑)が建てられています。

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※ウィキペディア参照
posted by 理乃 at 13:10| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月30日

太宰府ブックカフェ

太宰府ブックカフェのお知らせです。

現代小説の中から太宰府が登場する作品を太宰府在住のライターが紹介し、
創作ランチをいただきます。
食後は紫陽花や花菖蒲を観賞しつつ、
作品に登場する場所である観世音寺界隈を散策します。
作品を読んでなくてOK!

【ツアーポイント】
@ ライターの紹介で太宰府が登場する現代小説を知ろう
A オシャレなランチをいただきながらライターや参加者同士で交流しよう
B 作品の登場場所を散策しながら奥深い太宰府の歴史を肌で感じよう

【講師プロフィール】
ライター・詩人 前野りりえ
2014年:「ニューカレドニア 美しきラグーンと優しき人々」(書肆侃侃房)出版
2015年:「麗し太宰府」(書肆侃侃房)出版。語り芝居「南の館の物語」原作
2016年:太宰府市民図書館主催「太宰府で生まれる現代詩」講師
2018年:48回福岡市文学賞詩部門受賞
※福岡県詩人会会員・同人誌「GAGA」同人・大宰府史跡解説員

ツアーの詳細
【日時】
平成30年6月9日(土)10:00〜14:30(Cafe観Canon音解散)
【集合】
10:00  Cafe観Canon音(観世音寺前)
【コース】
Cafe観Canon音(本の紹介:「眩人」松本清張「刀伊入寇」葉室麟「白き瓶」藤沢周平/ランチ交流 参加者も太宰府関連本をご存知でしたらご紹介ください)〜観世音寺界隈散策〜Cafe観Canon音(解散)
【参加費】
3,500円(昼食代、傷害保険含む)
【定員】
15名
【特記事項】
歩きやすい服装でお越しください。雨天決行です。食事準備の都合上、キャンセルは2日前までにお願いします。
【お申込み】
下記のサイトよりお申込みください。
TABICA  https://tabica.jp/travels/4869
【お問い合わせ】
下記のメールアドレス宛てにメールをお願いします。
arukanne.cafe@gmail.com ぷち旅太宰府事務局(前田)
お預かりした個人情報は、当団体において責任を持って保護・管理し、
当企画以外に使用することは一切ありません。
【主催】 NPO法人歩かんね太宰府


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会場のカフェ観音さん

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posted by 理乃 at 17:54| Comment(0) | ★日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月26日

早良区賀茂 賀茂神社

早良区賀茂の賀茂神社当社は京都賀茂神社の分霊社として
創設されました。

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建立年は定かではありませんが、
境内から平安時代の瓦が出土したことから古いものと思われます。

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昔から白い斑点が出病気の平癒祈願の神様として
遠近から参拝者が多いということ。
境内にある「兎の里」は地名碑。

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昔、免の地は早良六郷の能解郷に属していましたが、
明治22年町村制施行によって早良郡田隈村大字免と改められました。
人情こまやか 勤勉・誠実 郷土を愛した兎の人々は
営々と稲麦作中心の農耕生産にいそしんで来ました。
明治年から昭和初期にかけては養蚕業が盛んに行われていたそう。

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posted by 理乃 at 16:42| Comment(0) | 福岡市早良区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月23日

北九州行

北九州市立美術館へ「森山安英展」と
「コレクション展」を見に行ってきました。

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久しぶりの北九州市立美術館。
改めて天井の高い立派な施設です。
でもいつ行っても迷う。
今回もナビ通りに行くと迷宮の路地に・・・。

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豊福知徳作品

ラーメンを食べたいというメンバーがいたので商店街へ。

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さすが鉄都のアーケド。鉄骨が贅沢に使われています。

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ラーメン店はジャズ喫茶の隣でした。

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ラーメン福龍

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普通に美味しいラーメン。
熊本系。麺は博多ラーメンより太め。
スープはあっさりめ。
チャーシューはとろとろ。
posted by 理乃 at 17:02| Comment(0) | 福岡県北九州市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月22日

柳川温泉 南風(はえんかぜ)

先日、高畑勲監督のドキュメンタリー「柳川堀割物語」が
柳川の水の郷ホールで上映されたので見てきました。
埋め立てられようとする堀を守った人々に、
都府楼跡の景観を守った人々が重なって見えました。

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温泉がある施設だったので、入浴して帰りました。

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山鹿や嬉野のような、とろとろの化粧水のような泉質でした。
posted by 理乃 at 12:14| Comment(0) | 福岡県柳川市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月18日

2018.5.3〜5.4 鹿児島の旅I お土産

鹿児島の旅のラストです。
今回の旅は鹿児島の友だちがいろいろお膳立てしてくれたので、
ほんとに充実してました。
つけあげ(鹿児島の人は薩摩揚げをこう呼びます)は別甲屋で。

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フレッシュなつけあげは、とても美味しく、しかもヘルシー。

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はずぜないあくまきは友だちが並んで買っておいてくれたもの。

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あくまきは好き嫌いがある食品ですが、母とわたしは大好物。
黒砂糖を粉にしてかけていただきます。
二日間の鹿児島の旅。
病気がちの高齢の母には最後の旅と思って、
思い切って出かけましたが、
なんとかまた出かけたいと思います。
鹿児島にいる間、母はとびっきりの笑顔を見せていましたから。

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高速最後の休憩
山江サービスエリアの急須のモニュメント
posted by 理乃 at 17:15| Comment(0) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする