2025年04月05日

高尾川地下河川の整備

よく通る筑紫野市の道沿いにある記念碑が気になっていたので、
車を降りて見てみました。

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高尾川による浸水対策のものだったのですね。
氾濫する高尾川の地下に約1キロのトンネルを掘って、
高尾川の水を鷺田川に流すのだそう。
すごいですね。
ここはその流入立坑があるのでした。

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posted by 空色式部 at 12:27| Comment(0) | 福岡県筑紫野市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年04月01日

「道の駅 きららあじす」の菜の花畑のYouTubeをアップしました。

2025.3.13に訪れた山口市の「道の駅 きららあじす」。
菜の花がちょうど見頃を迎えていました。

YouTubeをアップしました。

https://www.youtube.com/watch?v=pkBwYoiQxLo

チャンネル登録をよろしくお願いします。
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2025年03月30日

まほ9:2025.3.13歴史発見:山口M一の坂川

3月13日の山口の歴史発見の旅のラストは町中を流れる一の坂川。

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室町時代、大内氏が一の坂川を京の鴨川に見立てて街割りをしたといわれています。

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春は桜やつつじ、初夏はゲンジボタルを見ることができる風情のある川です。

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2025年03月28日

まほ9:2025.3.13歴史発見:山口L十朋亭維新館

十朋亭(じっぽうてい)維新館は明治維新策源の地 、
山口の歴史にふれるミュージアム。

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江戸時代から醤油製造業を営んでいた豪商、萬代家の史跡、
十朋亭をはじめとする土地と建物を山口市が譲り受け整備したとのこと。
十朋亭維新館本館では幕末・明治維新期の山口の歴史資料などを展示。
十朋亭は幕末・明治維新期に多くの志士たちが利用した萬代家の離れ。
杉私塾は吉田松陰の兄・杉民治が明治のはじめ頃に私塾を開いていた場所。

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萬代家主屋は茶室として明治22年(1889)頃に建てられ、
その後主屋に改修されました。

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*十朋亭維新館サイト参考
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まほ9:2025.3.13歴史発見:山口K大内氏館跡・龍福寺

大内弘世(大内氏第9代当主)が山口に移って以来、
居館とした場所。
歴代大内氏はここで政務を執りました。
やがて勢力は中国一円から九州まで及び、
山口は西日本の政治の中心となりました。
大内義隆(第16代当主)滅亡後、
毛利隆元(毛利氏第13代当主)は
大内氏居館跡に大内義隆の菩提を弔うため、
龍福寺を建てました。

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今回の歴史発見の旅で、
大内氏の関連地を訪れたことはとてもよかったです。

*山口市観光案内図・山口エリア参考
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2025年03月26日

まほ9:2025.3.13歴史発見:山口Jイタリア食堂ベケ!?

瑠璃光寺を出たあとは古い町家が残る界隈を歩きました。
その中に古民家を利用したすてきなイタリアンのお店がありました。
「イタリア食堂ベケ!?」です。
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イタリア人アーティストの ロベルト さんとと
イタリアで料理修行を積んだシェフ 粉川妙(こかわ たえ)さん夫妻が営むイタリア料理のレストランです。
店内にはロベルトさんの作品も飾られています。
お料理は中部イタリア、スポレートの家庭料理を中心に
季節の味覚を提供。

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「ベケ!?」とはスポレートの方言で
「なんとかなるさ」という意味だそうです。
今回は時間がなくいただけなかったのですが、
飛んで行って早くいただいてみたいです。
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2025年03月24日

まほ9:2025.3.13歴史発見:山口I瑠璃光寺

ニューヨーク・タイムズ紙で
「2024年に行くべき52カ所」に選ばれた山口市。
注目されたのが洞春寺お隣の瑠璃光寺の五重塔。

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ところが五重塔は約70年ぶりの檜皮葺屋根の全面葺き替え工事中。
2026年3月までを予定しています。
現在は写真のような状態。
山口を拠点にかつて西国一の力を誇った大内氏。
五重塔は25代大内義弘を弔うために、
1442年に26代大内盛見によって建てられました。
山口市唯一の国宝です。

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24代大内弘世公之像

大内弘世は室町幕府の重臣として上京するうちに、
京の風情を好み、地形の似た山口に
京になぞらえて町造りをしました。
これが山口が西の京といわれるゆえんだそうです。

*「おいでませ山口へ」「西の京やまぐち」サイト参考
ラベル:瑠璃光寺
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2025年03月23日

まほ9:2025.3.13歴史発見:山口H洞春寺>本殿・鐘楼門

洞春寺、最後は本堂と鐘楼門です。

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本堂

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鐘楼門
ラベル:洞春寺 山口
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2025年03月22日

まほ9:2025.3.13歴史発見:山口G洞春寺>観音堂

観音堂は永享2年(1430)、
大内持盛が現在の滝町に創建した観音寺の仏殿です。

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後に勝音寺と改まり、
さらに江戸時代には大通院と改まりました。
幕末には寺が衰退して、観音堂のみ残っていましたが、
朽廃がひどくなり、
大正4年に洞春寺境内に移築されました。
岩屋造りの厨司は当時のままのものだということで独特です。

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岩屋造りの厨司

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*「おいでませ山口へ」サイト・ウィキペディア参考
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2025年03月21日

まほ9:2025.3.13歴史発見:山口F洞春寺>井上馨の墓

井上馨は高杉晋作らとともに、尊王攘夷運動で活躍しました。
維新後は参与、大蔵大輔、参議兼工部卿、外務卿などを歴任。
東京で埋葬されましたが、
分骨を分かち、洞春寺に祀られました。

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*「おいでませ山口へ」サイト・ウィキペディア参考
posted by 空色式部 at 18:13| Comment(0) | ★まほろばtrip | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする