2017年04月27日

『クアトロ・ラガッツィ』若桑みどり

こんな素晴らしい労作は久しぶりに読んだ。
クアトロ・ラガッツィ。イタリア語で4人の少年という意味。
その4人の少年とは天正時代少年使節として大海を越え、
ローマ教皇に謁見して帰国した天正少年使節のことだ。
この本は少年たちの旅の行程よりも、その時代背景に多くを割かれている。
彼らはようやく上巻の終わりになって船出するのだから。
信長、秀吉、家康の戦国時代におけるキリスト教布教の歴史。
その丹念な調査に脱帽する。しかも女性の観点からだ。
この本のテーマは
「人類は異なった文化のあいだの平和共存の叡智を見出すことができるのだろうか。
それとも争い続けるのだろうか?」だ。。

興味深いエピソードが次々に展開する。

1549年。ザビエルが鹿児島に着いて三年後、
一攫千金を夢見る27歳のポルトガル人、アルメイダが長崎に上陸。
ところが日本で全財産を投げ打ち貧者を救済して天草で亡くなった。
彼は日本最初の病院の設立者。間引きの習慣を見て孤児院も作った。
昨年の今頃、長崎の横瀬へ行ったとき、土地の方々はアルメイダのことを語った。
日本人の多くが知らなくても、彼が赴いた先では忘れられていない。
彼は愛されていたのだ。

当時の人々は貧しかった。だからキリスト教伝道後、
九州の全人口の30%もが信者になった。宣教師たちが貧民救済を行ったからだ。
仏教には貧乏や病気は前世の悪行の結果だという考え方があったが、
キリスト教は本人に罪はないと言った。
最澄も空海も女人禁制の聖地を作った。
すべての人が救われるのが宗教のあるべき姿ではないのだろうか?
キリスト教もイブの存在は女性蔑視だ。

神の国を築こうと日向に侵攻した大友宗麟。彼の夢は耳川の敗戦で散った。

少年たちの渡欧を提案したのは開明的な宣教師ヴァリリャーノという人だった。
彼は日本人の礼儀正しさと謙虚さと理解力をとても評価していた。
ヴァリリャーノはその名が示すように人文主義的な思考の持ち主のイタリア人だった。
王家につながる貴族の出て、波打つ髪と印象的な美しい目、
背は高く堂々とした体躯だったという。
ヴァリリャーノは日本人の優秀さを知り、学校を作った。
未来へ向けて種まきをしたのだ。
1580年には15万人の信者がいて、200の教会があって85人の神父がいたという。
日本人の資質を見抜いたヴァリリャーノは日本の布教を支援してもらうために
ローマ教皇に使節を送ろうと考えたのだ。
日本キリスト教の絶頂期に日本へ来て、使節を連れ去ったヴァリリャーノ。

1582年(天正10年)、大友宗麟・大村純忠・有馬晴信は4人の少年を送り出した。
大友宗麟の名代として伊東マンショ(主席正使)。
大村純忠の名代として千々石ミゲル(正使)。
副使として中浦ジュリアンと原マルティノ。
8年にわたる旅を終え、帰国したときに生きていたのは有馬晴信だけだった。
ラテン語とイタリア語とポルトガル語を解し、楽器も演奏した聡明な少年たち。
けれど帰国後の運命は壮絶だった。
伊東マンショ、中浦ジュリアン、原マルティノは勉強を重ね司祭になった。
伊東マンショは1612年に長崎で力尽きて病死。千々石ミゲルは棄教。
中浦ジュリアン1633年に長崎で穴づりで殉教。
原マルティノは1629年、追放先のマカオで死去。
彼らは世界への扉を閉ざした当時の政権によって素晴らしい体験を押し殺された。
でも彼らは信じる道を生きようとした。

ここで作者の言葉に目頭が熱くなる。
「人間の価値は社会において名前を残す傑出した人間になることではない。
それぞれが自己の信念に生きることである」
「どのような神を信じようとも、みながともに生きられる世界こそ、
ほんとうにわたしたちが望む世界である」

膨大な資料の中から歴史の真実を読みといていこうとする
作者の立ち位置に共感することしきり。
軽く海外へ行く時代、このような重い使命の中で命をかけて出国し、
その後の運命の中で真摯に生き抜いた少年たちだいた。
示唆するものが多い名著。
機会があったらぜひ読んでほしい。

クアトロ・ラガッツィ (上) 天正少年使節と世界帝国  (集英社文庫) -
クアトロ・ラガッツィ (上) 天正少年使節と世界帝国 (集英社文庫) -

クアトロ・ラガッツィ 下―天正少年使節と世界帝国 (2) (集英社文庫 わ 13-2) -
クアトロ・ラガッツィ 下―天正少年使節と世界帝国 (2) (集英社文庫 わ 13-2) -

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2017年04月24日

『沖縄ひと紀行』三木健 1998

この本も昨年の沖縄訪問のときに三木さんからいただいたもの。

沖縄人と沖縄にかかわった人のインタビュー集だが、
この本から立ち上がってきたのは三木さんその人の仕事の歴史でもあった。
いろんな人に刺激を受け、助けも受け新聞記者となったこと。
そして沖縄を愛し、しぶとく生き、
研究にその身を捧げた人々などを真摯に追い続けたこと。
この本を通して三木さんという人の生き方に感銘を受けた。

筑豊の記録作家、上野英信が沖縄とかかわりを持っていたことも初めて知った。
上野は身寄りのない西表炭坑の坑夫を私財をはたいて筑豊に呼び寄せたのだという。

三味線という芸能で身を立てた山入端(やまのは)つるの人生は壮絶だった。
明治39年に屋部村で男三人、女三人兄弟の末っ子として生まれたつる。
長兄はメキシコへ炭坑移民、次男、三男は出稼ぎへ。
女三人は花街へ身売りされた。
それから三味線を習い、身を立てて東京で飲み屋を経営する。
この底知れない貧しさ。けれどこの本に書かれた人々は逞しい。

人はどんなに貧しくても、どんなに苛酷な環境に置かれても、
生きていかねばならない。
置かれた環境の中で闘っていくこと。それしかない。
ニューカレドニアのニッケル鉱山へ移民として海を渡った坑夫たちも
貧困が背景にあったのだろう。
この本の中の逞しい人々に触れて、勇気づけられる。

人は人と繋がっていく。
わたしは三木さんとのご縁で位置からして皆目検討がつかなかった
沖縄本島と八重山諸島への距離が少しだけ縮まった。
感謝したい。

沖縄ひと紀行 (沖縄人物叢書) -
沖縄ひと紀行 (沖縄人物叢書) -
posted by 理乃 at 20:23| Comment(0) | ★図書室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月23日

『聞書西表炭坑』三木健 三一書房 1982

元琉球新報社副社長で元沖縄ニューカレドニア友好協会会長の三木さんとの出会いは
2012年のニューカレドニアだった。
ジャーナリストの三木さんがニューカレドニアに注目したのは、
もともとこの西表島の炭坑の歴史を調査していたからだったらしい。
ニューカレドニアに移民としてわたった沖縄の人々は同じ鉱山労働者として働いた。
三木さんとは去年沖縄で再会して、とてもお世話になった。
そしてそのときいただいたのがこの本だった。
この本を読むまで西表島に炭坑があったことすら知らなかった。
西表島といえばイリオモテヤマネコくらいしか知識がなったのだから。

読み始めると、この本のあまりの重さにたじろいだ。
炭鉱に騙されて連れてこられ、そこがどこだかも分からず、
奴隷のように囲われ、働かされていた鉱山労働者たちがいた。
あまりに苛酷なその運命。
マラリアに襲われる島。
救いを求めて脱走しても、密林に阻まれそのまま野垂れ死にした坑夫たちもいた。
坑夫に麻薬を打っていた雇い主さえいた。
痴情のもつれから陰部にダイナマイトを突っ込まれ爆死した女坑夫も。

一つひとつの地獄のエピソードに気分が悪くなるほどだった。
けれどこの南の島でかって本当に行われていたことだ。
三木さんは心底情に厚い人。
島に埋もれた坑夫たちの怨念を放ってはおけなかった。
どうしてわたしはこれまで西表島と聞いて炭坑を連想できなかったのだろう。
負の遺産として隠されてきたからなのか。
けれど真実は掘り起こされなければならない。
人は人にこのようなひどい仕打ちができるということを忘れてはいけない。
三木さんのようなジャーナリストに会えたことは、
わたしがニューカレドニアとかかわって素晴らしかったことの一つだ。
今年77歳の三木さん。今もまだ精力的に活躍中だ。

※西表炭坑には1936-1937年(昭和11-12年)の最盛期に各地から1400名の労働者が集まり、
年間12-13万トンの石炭を産出していたが1960年に廃坑となった。
(ウィキペディア参照)

img207.jpg聞書西表炭坑 -
聞書西表炭坑 -
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2017年04月19日

『ハムレット』

この2週間でけっこう本を読んだので、
少しずつ紹介していきます。
まずは『ハムレット』。
青春時代にかなり読破した世界の名作文学。
漏れているものの一つがこれでした。
やっぱり一生に一回は読んでおかねばということで。
きっかけは、これもそもそも一生に一回は生を見ておかねばと見に行った
芝居屋企画の演劇『ハムレット』でした。
どうしてハムレットはさっさと父王の敵を討たないのか、
どうしてオフィーリアに冷たく当たるのか、
謎が多い芝居です。
訳者の福田恆存が書いた解説を読んで、
ハムレットの饒舌が理解できた気がしました。

「自分の人生を激しく演技している」

「その激しい演技欲のために、ハムレットは本来の自己を失う」

作者のシェークスピアは役者でもありました。
演じるということのために、演技する人を演じるために書かれたた本。
そう思うとはじめてあの饒舌が理解できたのでした。
そして演じることに取り憑かれた人たちが、
どうしてこの作品を演じたいと思うのかも。

ハムレット (新潮文庫) -
ハムレット (新潮文庫) -
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2017年04月05日

薮内(やぶうち)正幸 『海にすむ動物たち』

動物画というジャンルに注目したことはなかった。
薮内正幸(1940 - 2000)は子どものころから動物が好きで、
独学で動物の絵を描いていた。
高卒後、福音館書で図鑑や絵本の絵を担当。のちフリーへ。
どこかできっと見ているけど、
描いた人を気にすることもなかった。
山梨には日本で唯一の動物画専門の美術館、
薮内正幸美術館があるそうだ。

海にすむ動物たち―日本の哺乳類〈2〉 (絵本図鑑シリーズ) -
海にすむ動物たち―日本の哺乳類〈2〉 (絵本図鑑シリーズ) -
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2017年04月02日

嘉麻市プチたびE鎌田ヶ原地蔵尊

嘉麻市プチたび、ラストは鎌田ヶ原地蔵尊の悲恋物語です。

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戦国時代、鹿毛馬(かけのうま)城主の若君と
馬見城主の姫君は大隈北斗宮の春祭りで巡り会います。
二人は互いの美しさに惹かれ、忘れられなくなります。
ところが二人の親は仇敵同士。やがて両軍は雌雄を決すときを迎えます。
現世では愛を結び合えないと悟った二人は共に戦いに身を投じます。
最後の決戦が行われたのがここ鎌田ヶ原(馬見)。
両軍が数度の合戦で一息ついているとき、
鹿毛馬方から若武者が一騎、馬見方からも若武者が一騎、
夕日に甲冑の金具をきらめかせながら進み出、
名乗りもせずに組討ち、刺し違えて共に果てました。
この二人こそ、北斗宮の春祭りでの逢瀬を楽しんだ若君と姫君だったのです。
戦国の世のこととはいえ、あまりにも儚い二人の最期を哀れと思い、
この古戦場に比翼塚を建て、その上に地蔵尊を安置して
二人の霊を弔ったといいます。
嘉麻版ロミオとジュリエットのようなお話ですね。

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これで今回の嘉麻市プチたびは終わりですが、
嘉麻市の里山をドライブして一番感激したのは、
道端を流れる水の美しさでした。
次回、また機会があれば、さらに嘉麻市を探ってみたいと思います。
※鎌田ヶ原地蔵尊案内板参照
posted by 理乃 at 15:27| Comment(0) | 福岡県嘉麻市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月01日

嘉麻市プチたびD白木牧場

田川市から嘉麻市へ行った目的は
特別牛乳を作っている白木牧場へ行ってみたからでした。
特別牛乳?
白木牧場のホームページによると、
『搾りたての牛乳を加熱殺菌処理しなくても安心・安全にそのまま飲める』と
国の認証を受けた無殺菌牛乳または低温殺菌牛乳のことを
『特別牛乳』というそうです。
『特別牛乳』の許可を取得できた牧場は、
全国で数件しかなく、九州では白木牧場だけ!
しかもジャージー牛の特別牛乳は全国初!
白木牧場ではノンホモ低温殺菌(65℃30分)をしています。
この殺菌処理は自然の栄養素を損なわず、
乳酸菌など体に優しい菌が生き続けているということ。
これは見たいです。
どんなところなのか。
そして飲んでみたい。
牧場へのくねくねした道を上るとありました。

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一番高いところに牛さんが放牧されています。

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牛さんたちにストレスを与えないように牧場の方も近づかないそうです。
ここから眺めるだけ。
牛乳はここでも買えるのですが、売り切れてました(ー。ー)
でもさきほど立ち寄った「手づくりふるさと村」に置いていますということ。

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右で670円。
飲んでみると優しい味でクリーミー。美味しいです。
牧草から無農薬栽培しているこだわりの特別牛乳だからお値段にも納得。
蓋にはクリームがついてました。
脂肪球をくだかない「ノンホモ製法」だから、
日が経つにつれて上部に脂肪球が浮き上がってくるからです。
置いてるだけで天然生クリーム!
すごい牛乳があるものですね。

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◆白木牧場
福岡県嘉麻市熊ヶ畑269

※白木牧場HP参照
posted by 理乃 at 15:50| Comment(0) | 福岡県嘉麻市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月31日

嘉麻市プチたびC木の実

お昼時、食事処のリサーチはまったくしてませんでした。
現地リサーチ!
「手づくりふるさと村」のすぐ手前で
なにやら気になるお店を発見。

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普通の外観も板を使っておしゃれに変身。
中には和雑貨も置いてありました。

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薬膳スープカレーにも心そそられますが、
初めて来たので
まずは木の実定食にしてみます。

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この野菜たっぷりのからだに良さそうな盛りだくさんのメニューで1000円。
おそばのうしろに隠れて見えませんが、デザートで小さな桜餅もついています。
どれ一つとっても美味しかったです。
左奥はプチトマト。
特に美味しかったのが玄米ご飯。
これほど美味しいと思った玄米ご飯を食べたのははじめて。
もち米みたいに粘り気があるんです。
この玄米ご飯だったら毎日だって食べたい。
このお米の美味しさ。水がいいんですね!
セレクト大成功でした。

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◆木の実
嘉麻市熊ケ畑2142-1
TEL:0948-52-1160
営業時間:11:30〜16:00
ランチタイム:11:30〜14:30
定休日:土曜・日曜
posted by 理乃 at 14:25| Comment(0) | 福岡県嘉麻市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月30日

嘉麻市プチたびB手づくりふるさと村

嘉麻市熊ヶ畑地区にあるの手づくりふるさと村」(山田活性化センター)は
農村部と都市部の交流を図るために生まれた施設です。

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表にあるかかしはかかし祭りで使われたものなのかな?
ここではとれたて野菜や木工品などの特産品が売られています。
お野菜はほとんど百円。
みずみずしいまるごと一個のレタスもほうれん草も100円でした。

スタッフのおばちゃまも常連のおばあちゃんもお話好きで
いろんな嘉麻市情報が聞けました。
美味しいといわれるお米を買わなかったのは残念。
水がきれいなので、お米が美味しいのです。

◆手づくりふるさと村
嘉麻市熊ヶ畑2141番地1
TEL:0948-53-1897
営業時間:10:00〜17:00
定休日:毎週木曜日
posted by 理乃 at 12:37| Comment(0) | 福岡県嘉麻市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月29日

嘉麻市プチたびAトロッコ格納庫

招き熊の写真を撮っていたら
右上の高いとことにトロッコ格納庫が見えました。


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調べてみると嘉麻市では秋に
「トロッコフェスタ&かかしまつり」というお祭りがあるようです。

このあたりには昭和63年に廃線になるまで上山田線が走っていました。
残された線路で手作りのトロッコ列車を走らせるお祭りです。
楽しそうですね。
posted by 理乃 at 17:19| Comment(0) | 福岡県嘉麻市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする