2019年06月14日

2019.6.13脊振山岳信仰の旅U

M氏の誘いで脊振山岳信仰の旅Uに出かけました。
最初は脊振神社(下宮)。

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脊振山は弁財天を乗せて天竺から飛んできた龍が
脊振山まで来て天に向かっていななき、
背びれを打ち振ったから「脊振山」と名付けられたと伝えられています。

脊振神社上宮は冬には寒さが厳しいため
中腹の白蛇神社の境内に下宮を建立。
それが今の脊振神社です。
標高700メートルの高さにあり、
手入れの行き届いた境内は杉の大樹に囲まれとても美しいです。
神仏習合の名残が濃く、神社なのに拝殿でお線香を上げます。
御祭神の弁財天は年二回の御開帳があります。

弁才天のお使いの白蛇が境内の石窟に住んでいると言われ、
はくじゃさんと呼ばれていて、実際に白蛇が目撃されています。

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次に訪れたのは多聞坊跡。
歴代のお墓があり、栄西像もあります。

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それから山頂を目指しました。
途中には役行者像がありますが、自衛隊の敷地内にあり、
中には入れません。

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山中にはイタドリがたくさん自生していました。

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ついに山頂です。
1055メートルの地。360度見渡せる特別な場所です。

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山頂の脊振神社上宮は正に天空の神社。祠があるのみですが。
平安、鎌倉の坊が林立していた時代が想像できる気がします。

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すぐ下の平たくなったところは、
もとの龍神池で龍が住んでいたという伝説があります。

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米軍がテニスをするために池は埋め立てられたといいますが、
片隅に少しだけ残されています。

帰りは早良区のほうへ降り、
脇山の主基田跡に立ち寄りました。

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脇山公民館では昔の記録映像を見せていただき、
当時のご苦労が推察できました。

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脊振の美味しい水で作られる脇山のお米は
産直の「ワッキー主基の里」で入手できました。

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posted by 理乃 at 23:38| Comment(0) | 佐賀県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月27日

2019.5.27 和水町の旅

母の付き添いで行った高齢者サロンの旅。
今回は和水町でした。
金栗四三で一躍注目を浴びた和水町。
南関インター降りてすぐなので、行きやすい場所です。
金栗四三の生家に行くと、
元庄屋で造り酒屋をした家は裕福だったことが分かります。
周囲の理解ある人たちに恵まれ、
四三は能力を伸ばせたのですね。

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金栗四三生家記念館

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生家の内部。
造り酒屋だったころのイメージを再現。

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金栗四三ミュージアム。
よく作られています。

和水町は八つの神様が祀られています。
これまで何度か来ているのにまったく気づきませんでした。
八つの神様とは目、イボ、歯、胃、性・腰、手足、耳、命です。
そのうち手足、性・腰、命の三つ、回ることできました。

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手足の神様

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性・腰の神様。
詳細は実際に行ってご覧ください。

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命の神様

命は生死に関わる病のとき、
一生に一度だけ平癒を願えば叶うと言われているとのことです。
ハつの神様をのんびり訪ねてみるのもいいかもしれませんね。

帰りは「特産品センターなんかん いきいき村」に立ち寄りました。

温泉もあり、山々に囲まれた和水町。
和む旅ができそうです。
posted by 理乃 at 18:29| Comment(0) | 熊本県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月23日

脊振山岳信仰の旅

お茶の柔らかい若葉が瑞々しい5月10日。脊振山岳信仰の足跡を訪ねる旅に誘われた。

脊振山は平安時代から鎌倉時代にかけて山岳信仰の聖地だった。
和銅二年(709)湛誉(たんよ)上人が勅命を受け脊振山に誉朗(よろう)寺を創建。
上宮、中宮、下宮が形成され、空海、最澄らも入山し、脊振千坊といわれるほど繁栄したという。

山頂の上宮東門寺はその後、今の背振神社下宮(神埼市)の境内に移った
多聞坊一坊が残っていたが明治に消失、背振神社のみが再建されている。 

中宮霊仙寺(りょうせんじ)は江戸時代の乙(おと)護法堂が残る。

国道385号線から町道坂本峠線に入り、
霊仙寺跡上入り口から森の中の長い階段を降りていく。
水上坊跡の先の開けたところに乙護法堂が姿を現した。
眼下の眺望は素晴らしく、遠く有明海、佐賀平野が見晴らせる。
すぐ下に緑なす樹々に囲まれ、丸くこんもりと刈られた茶園があった。
南宋に渡った栄西(ようさい)は霊仙寺石上(いわかみ)坊に茶種を蒔いた。
よってこの地は日本初茶樹栽培地とされている。
明治維新で無住となった坊だが、
ここまで来ると往時の僧たちの息遣いが感じられる。

下宮の積翠(せきすい)寺は修学院となって今に残る。
突然の来訪にかかわらず、ご住職は温かく迎え入れ、
江戸時代には鍋島藩が霊仙寺十坊を再建した歴史などを語ってくださった。

脊振山岳信仰は周辺の里にも及び、
那珂川市別所の毘沙門堂は東門寺の北を守ったという。

周囲に点々と残る脊振山岳信仰を辿る旅はまだ続きそうだ。
posted by 理乃 at 18:30| Comment(0) | 佐賀県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月19日

2019.5.10脊振山岳信仰の旅A小河内の杉

五ヶ山ダムができるとき、ダム底に沈んだ村がありました。

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村の神社と境内にあった大杉はダムの傍らに移されました。

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大杉には自動的に水がかかるシステムが採用され、
鉄骨で保護されてました!
posted by 理乃 at 14:35| Comment(0) | 佐賀県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月13日

2019.5.10脊振山岳信仰の旅@別所毘沙門堂

脊振山は和銅2年(709)に湛誉上人(たんよしょうにん)によって開山された
上宮、中宮、外宮からなる山岳仏教の聖地です。
上宮は脊振山頂にあった東門寺、中宮は霊山寺、下宮は修学院。
平安〜鎌倉にかけ背振千坊といわれるほど栄えていたとされます。
M氏倶楽部で訪れた旅の初めは脊振山麓の那珂川市にある
別所毘沙門堂です。

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別所毘沙門堂は東門寺の北方を守る役目がありました。

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毎年冬至には毘沙門天祭が行われ、
南瓜ぜんざい銭財がふるまわれます。
さらに奥へ行くと大山住神社の新しい社殿があります。

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大山住神社の絵馬

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大山住神社社殿の寛永通宝で作られた鳥居の絵馬

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手入れの行き届いた美しい竹林がありました。
posted by 理乃 at 18:15| Comment(0) | 佐賀県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月10日

2019.5.3〜5.4鹿児島墓参りの旅O林芙美子文学碑

今年の鹿児島の旅、ラストは林芙美子文学碑です。
幼児のころ、ここで写した写真があるので、
もう一度来てみたかったのです。

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「放浪記」で知られる林芙美子は母親が桜島の古里町で暮らしたことがあったそう。
「花のいのちは短くて、苦しきことのみ多かりき」
芙美子が愛した言葉が碑に刻まれています。

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林芙美子像

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桜島の下半分を半周して牛根大橋を渡って桜島をあとにしました。

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さようなら桜島。

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また来年も母を連れて鹿児島のお墓参りをしたいと思います。

posted by 理乃 at 23:37| Comment(2) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019.5.3〜5.4鹿児島墓参りの旅N道の駅桜島火の島めぐみ館

お土産を買うために立ち寄った道の駅火の島めぐみ館。

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ものすごく多くの人でにぎわっていて、
レジも長蛇の列でした。
特産のびわを買いました。
焼酎を温める酒器「黒千代(くろぢょか)」や溶岩プレート
もありました。
posted by 理乃 at 22:46| Comment(0) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019.5.3〜5.4鹿児島墓参りの旅M烏島展望所

烏島は桜島の沖合500mにあった小島。
しかし大正3年(1914)の噴火(大正噴火)で埋没し、
桜島と陸続きになりました。

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ここはもとの烏島だった場所に作られた展望所。

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ごつごつした溶岩は迫力あり!

眼下には溶岩の上に植物が繁殖し、
林に成長していく様子が見られます。

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posted by 理乃 at 18:40| Comment(0) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019.5.3〜5.4鹿児島墓参りの旅L湯之平(ゆのひら)展望所

桜島で一般人が行ける一番高いところ。

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北岳が間近に見えて迫力あります。

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展望所には姶良カルデラの説明書きがあり、
その規模にびっくり!

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posted by 理乃 at 00:00| Comment(0) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月09日

2019.5.3〜5.4鹿児島墓参りの旅K桜島ビジターセンター

桜島フェリー乗り場のそばにある桜島ビジターセンターは
火山のミニ博物館。

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シアターなどで桜島の知識を得た上で観光します。

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ここでしか買えないお土産もチェック。
「桜島でちゃぷちゃぷカヤック」や
「桜島火山ガイドウォーク」(どちらも事前予約制)
といった体験プログラムの拠点でもあります。

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posted by 理乃 at 16:03| Comment(0) | 鹿児島県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする