2021年01月22日

「東京藝術大学スーパークローン文化財展 アジアの美にふれる−法隆寺・高句麗・敦煌−」@大野城心のふるさと館

スーパークローン文化財とは最先端のデジタル技術と、
日本の伝統的な保存修復技術によって再現された文化財です。
ひとつ一つの作品ではなく、
空間そのものが再現されています。
遠くを旅しなければ目にすることはかなわない、
「法隆寺金堂壁画」、「高句麗古墳群江西大墓」、
「敦煌莫高窟」が目の前に蘇ります。

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敦煌莫高窟

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高句麗古墳群江西大墓

いかにそれが崇高な美術品であるか、
クローンなのにその気高さに涙が出るほどでした。
必見です!
posted by 理乃 at 18:25| Comment(0) | 福岡県大野城市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月03日

2020.11.24ゆふいん・耶馬渓散策D御霊もみじ

この旅に出かけたのは「御霊もみじ」(中津市耶馬溪町)が見たかったからでした。

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かつてこんな急勾配、踏み面の狭さは見たことがない。転げ落ちる人がいると聞き上るのは断念。

黒田官兵衛・長政父子が中津に入部した際、
黒田長政は、鎌倉時代から豊前を治めていた
宇都宮(城井)鎮房(しげふさ)を中津に招き、
心許したと見せかけて酒宴の席で謀殺。
さらに合元寺(赤壁)で鎮房の家臣を殺害しました。
このとき12人の侍女たちは耶馬溪まで落ち延びました。
しかし、追手に追われて命を落としたという伝承があります。
人々は憐れんで神社を建てて御霊を慰めました。
秋は参道両側のもみじが美しく色づき、
幻想的な光景は凄惨な戦国の歴史を癒やすかのようです。

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迂回して来ました。見上げるだけで、誰も上がってきません。

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もみじは最盛期を過ぎていましたが、それでも美しい・・・。

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さらに階段を上ります。

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御霊八幡宮がありました。

*日本遺産 やばけい遊覧 ・福岡県築上郡吉富町HP参照
posted by 理乃 at 12:46| Comment(0) | 大分県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月02日

2020.11.24ゆふいん・耶馬渓散策C競秀峰

競秀峰(中津市本耶馬渓町)、そこは素晴らしい景勝地。

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屏風のような奇岩が約1kmに渡って連なるさまに圧倒されます。
尾根伝いの探勝道は岩窟や鎖場、仏を巡る道。
妙見窟には平安時代の妙見菩薩坐像が安置されています。
かつてここを通らざるを得なかった人々には苦難の道。
転落事故もありました。
そこで立ち上がったのが禅海和尚。
諸国遍歴の旅でここに立ち寄った禅海和尚は、
断崖絶壁の鎖の難所で通行人が命を落とすのに心を痛め、
托鉢で資金を集め石工たちを雇って
ノミと槌だけで30年かけて掘ったといわれています(青の洞門)。
歌川広重の『六十余州名所図会』にも
「豊前 羅漢寺 下道」と題して描かれています。
一時売却の危機にあった競秀峰は
福沢諭吉が景観を守るために
土地を買い取ったことでも知られます。
明治の終わりには車両が通過できるよう拡幅。
完成当初の原型は失われていますが
今も手掘りのノミの跡が見られます。
*ウィキペディア参照
posted by 理乃 at 12:05| Comment(0) | 大分県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月31日

2020.12.3 糸島歴史探訪J誓願寺(福岡市西区今津)

糸島歴史探訪ラストは栄西ゆかりの寺。
かつては42の子院を持つ大寺院だった誓願寺。
今津は年貢の積み出し港や貿易港として活気があり、
水運業者の保護のもとにあったと考えられるそうです。
臨済宗を伝えた栄西は
2度目の渡宋(1187年)まで十数年、
誓願寺に滞在していました。
「誓願寺盂蘭盆縁起」は 栄西の肉筆文書で国宝。

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誓願寺に滞在した折に書かれたとされ、
今も誓願寺の所蔵(九州国立博物館寄託)です。

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白山大権現堂

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白山大権現堂
ラベル:誓願寺 栄西
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2020.12.3 糸島歴史探訪I元寇防塁(福岡市西区今津)

古代の水城も立派ですが、
中世の防塁もすごいです。

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文永の役(1274年)で元に侵攻された鎌倉幕府は
防塁を築き再襲来に備えました。
築造は国ごとに区域を定めて行われました。
高さ・幅は平均2メートル。
総延長は、今津から香椎までの約20キロメートル!

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弘安の役(1281年)では元は防塁や武士の元船への攻撃で
博多の地に上陸できませんでした。
けっして神風のせいではないんですね。
福岡城築城の際に石垣の石として
防塁の大半が失われたと考えられています。

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ラベル:元寇防塁
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2020年12月26日

2020.12.3 糸島歴史探訪H六所神社

六所神社があるあたりは
古代川辺里と呼ばれていたところということで訪れました。

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現存する最古の戸籍は正倉院文書の「筑前国嶋郡川辺里戸籍」(702年)。
そして2012年に太宰府市で発見された
7世紀末の国分松本遺跡の木簡。
木簡には人名や身分など戸籍の内容が書かれていました。
「嶋評(しまのひょう)」と記されていましたが、
評とは大宝律令以前の地方行政単位「国・評・里」の一つで郡に相当。
嶋評は現在の糸島市や福岡市西区に当たります。
そして正倉院の戸籍と共通する川部里という里の名もありました。
古代でつながる奈良と大宰府と糸島。
境内の樹齢千年を超えるという樟はその時代を知っていたのか知らぬのか…。

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ラベル:六所神社
posted by 理乃 at 23:52| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月25日

2020.12.3 糸島歴史探訪G立石山からの展望

美しい志摩の風景が見られる場所、立石山。

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頂上近くに駐車スペースがあり、そこから眺める芥屋の大門の風景は最高です!

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ラベル:立石山
posted by 理乃 at 12:11| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月24日

2020.12.3 糸島歴史探訪F工房とったん

糸島半島の西の突端にある
人気の「工房とったん」は製塩所。

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ここで作られている「またいちの塩」や、
「塩をかけてたべるプリン」が購入できます。
とろとろしてて濃厚なプリン。
これに塩?と思うのですが、
かけてみるとよく合うのです。

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ラベル:工房とったん
posted by 理乃 at 14:22| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020.12.3 糸島歴史探訪E姫島

志摩サンセットロードから姫島を臨みました。

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姫島は志摩の岐志漁港から渡船で約16分。
周囲3.8km、人口約200人。
勤王志士たちの協力者だった
女流歌人、野村望東尼が流罪で囚われた島としても有名。
西側には御堂や記念碑が残っています。
*糸島市観光協会HP参照
posted by 理乃 at 13:07| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月23日

2020.12.3 糸島歴史探訪D長野宮ノ前支石墓

糸島に支石墓(ドルメン)があることは知っていましたが、
ついに目の前に・・・!
糸島宇美八幡宮一の鳥居のあたりに
長野宮ノ前遺跡から移されて置かれています。

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長野宮ノ前遺跡は紀元前300年前の40基にのぼる墓地。
重さ3トンもある花崗岩石が利用されています。
石の下からは大きな壺の棺が出土しています。
墓穴に遺体を埋葬したのち、
地表に大石を置いて墓石としています。
大石と地表の間に支え石を挟んでるため、
支石墓と呼ばれます。

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支石墓は朝鮮半島から伝わり、
ほかに糸島の志登支石墓群、唐津市の葉山尻支石墓群など、
糸島から唐津にかけて発見されています。
*説明板参照
posted by 理乃 at 23:31| 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする