2020年09月30日

2020.9.18博多承天寺界隈C饂飩蕎麦発祥之地碑

海外に開かれていた博多。
うどん・そばもここから伝わりました。

承天寺は1242年、弁円(円爾・聖一国師)が、
太宰少弐藤資頼や謝国明のサポートで開いたお寺。

宋から帰国した弁円は水磨という水車による製粉技術を持ち帰って、
うどん・そばの作り方を広めたとされています。
謝国明は大晦日に貧しい人々にそばをふるまいました。
それが年越しそばの始まりだそうです。
うどん好き、そば好きは一度は訪れておきたい古刹です。

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*博多の魅力HP参照
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2020年09月28日

2020.9.18博多承天寺界隈B承天寺

博多を代表する古刹の一つ承天寺。

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1242年、大宰少弐・武藤資頼が円爾(弁円、聖一国師)を招聘して創建しました。
援助した宋の商人、謝国明の墓といわれる大楠様も近くにあります。
方丈の前の石庭「洗濤庭」はライトアップの機会などに見ることができます。
境内は市道の承天寺通りによって分断。
山門は西、本堂は東にあります。

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唐門

*ウィキペディア参照
ラベル:承天寺
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2020年09月27日

牛肉と大根の炒め煮

牛肉と大根の組み合わせは美味しいに違いないと作ってみました。

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◆材料(4人分)
牛バラ肉 300g
大根 1/2本ほど
かつおだし
醤油 大さじ2
料理酒 大さじ2
みりん 大さじ2
砂糖 大さじ2(量はお好みで調節)

◆作り方
@大根をいちょう切りにして茹でる。
(早く茹で上がるように小さめがいい)
Aフライパンに油を敷き、@を焦げ目がつくまで炒める。
B大根を端に寄せ、牛バラ肉を炒める。
C牛肉にほぼ熱が通ったら、料理酒、醤油、みりん、砂糖、かつおだしを入れ、
味がしっかり絡むまで煮込む。

*グリーンコープのレシピ参照
ラベル:牛肉 大根
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2020.9.18博多承天寺界隈A承天寺通り

博多千年門から続く道は整備され、
承天寺通りと呼ばれています。

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一方通行ですが車も通ることができます。
その車道は小川に見立てられています。

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歩道は川岸の遊歩道。

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承天寺の仏殿と方丈を結ぶ石畳は
石橋をイメージしているということです。

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*「博多の魅力」HP参照
ラベル:承天寺通り
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2020年09月26日

2020.9.18博多承天寺界隈@博多千年門

美しい「博多千年門(はかたせんねんのもん)」は博多へのウエルカムゲート。

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地域住民、地元企業、行政が一体となって取り組み、
平成26年3月に完成。
博多から大宰府政庁へ続く官道には、
江戸時代に「辻堂口門(つじのどうぐちもん)」と呼ばれる門がありました。
博多千年門は「辻堂口門」を参考にした四脚門様式で、
切妻本瓦葺という中世博多の寺社様式となっています。
門扉の板材には太宰府天満宮が寄贈した千年樟が使われました。

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欄間の博多織献上柄模様が博多らしさを刻んでいます。

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*博多の魅力HP参照
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2020年09月24日

2020.9.15柳川F 藤村作先生の碑ほか

柳川掘割歩きのラストです。
白秋道路は時間切れで最後まで歩けず、
「国文学者 藤村作先生の碑」まででした。

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藤村作先生の碑は「まちぼうけの像」と
「くもで網」の間にあります。

藤村作という方は柳川出身で
1901年に東京帝国大学文学科を卒業。
近世文学の研究に専念。
広く国文学界全体の発展のため尽力した方だそうです。

近くには同じく柳川市出身の
同志社第八代総長海老名弾正先生の顕彰碑もありました。

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弾正先生は同志社英学校に進み、
基督教の布教、創立まもない同志社発展に寄与し
同志社第八代総長に就任されたそうです。
右手には米国原産の「カタルパ」が植えられていました。
カタルパは同志社大の創設者・新島襄が
アメリカから種を取り寄せ
教え子に贈った木ということです。
花が咲いたところが見たいものです。
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2020年09月23日

2020.9.15柳川Eくもで網

白秋道路にある「くもで網」。

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「くもで網」は小屋の先に大きな網がついていて、
それを上下させて魚を捕る漁法。
のどかで独特な風景を作り出しています。
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2020年09月22日

2020.9.15柳川Dまちぼうけ像

白秋道路にある「まちぼうけ像」。

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川を覗き込んでいるので、
川の中からしか正面は見えません。
北原白秋作詞・山田耕作作曲の「待ちぼうけ」の歌からとられています。
子どもが単にまちぼうけしている内容と思っていたら、
実は教育的な意味合いの深い歌だったのですね。

「待ちぼうけ、待ちぼうけ
ある日せっせと、野良稼ぎ
そこに兔がとんで出て
ころりころげた 木の根っこ」

「まちぼうけ」は1924年(大正13年)の満州唱歌。
満洲在住の日本人たちの満洲にちなんだ歌がほしいという希望で作られました。
歌詞は中国の思想書『韓非子五蠹篇』の中の「守株待兔」からとられたもの。

農民の畑の切り株にうさぎがぶつかり死にます。
それから農民は畑を耕すのをやめ、うさぎを待つことにしましたが、
うさぎは来ず、
畑は荒れてしまったというもの。

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全体を知って、切り株と鍬の意味が理解できました。
農民が少女にすり替わってはいますが・・・。
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2020年09月21日

2020.9.15柳川C十時邸

白秋道路にある十時邸は江戸時代の武家屋敷。

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でもひな祭りなどの時でないと公開されていないということで、
残念ながら中に入ることはできませんでした。

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掘割をどんこ船がやってきました。

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夕暮れの川下りは涼しく、風情があります。
ラベル:十時邸 白秋道路
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2020年09月20日

2020.9.15柳川Bオノ・ヨーコの祖父の家

柳川はオノ・ヨーコゆかりの地でもあります。
白秋道路にはオノ・ヨーコの祖父・小野英二郎の屋敷跡が残っています。
小野家は代々、柳河藩士。
残念ながら屋敷で残っているのは門のみ。

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2017年8月に屋敷跡は整備され、
「新外町緑地広場」として一般に開放されています。

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海外に飛び出したオノ・ヨーコですが、
祖父英二郎も海外に出ています。
英二郎は柳河中学校から同志社英学校に進みアメリカに留学。
第4代日本興業銀行総裁を務めた銀行家となりました。
その子、英輔(元東京銀行常務)の長女がオノ・ヨーコ。

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英二郎はミシガン大学大学院で経済学を学びました。
こんなスピーチを残しているそうです。
「全ての国と人々は平等だ。互いに助け合うべきだ」
人はみんな兄弟だと歌ったジョン・レノンに通じるものがありますね。
この広い場所で、ジョンとヨーコ関連のイベントがあるといいのにな。

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2020年09月18日

2020.9.15柳川A檀一雄歌碑

白秋道路には檀一雄の歌碑もあります。

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檀家は柳川が出身地。
刻まれているのは「有明潟睦五郎の哥(うた)」。
昭和62年(1987)に建立されました。

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「ムツゴロ、ムツゴロ、なんじ
 佳(よ)き人の湯の畔(ほとり)の
 道をよぎる音、聴きたるべし。
 かそけく、寂しく、その果てしなき
 想いの消ゆる音」
ラベル:檀一雄
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2020年09月16日

2020.9.15柳川@白秋道路

かねてから歩いてみたかった白秋道路に寄り道しました。

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白秋が高校に行っていたとき、通った道だそうです。

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水の表面がとても美しい、静かな散歩道。

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こんな柳川に出合うことを望んでいました。
水際の道には生い茂る萩。

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掘割を渡る風は涼しくて、
いつまでも風に吹かれていたい美しい道でした。

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2020年09月13日

2020.9.13 柳川そぞろ歩き

仕事で柳川に行った帰り、
柳川の町を少しだけお散歩して帰りました。
掘割の景色はすてきです。

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福厳寺。
柳河藩々主立花家の菩提寺。
大林宣彦監督「廃市」ロケ地。

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福厳寺

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お昼は「かね祥」の美味しいお弁当をいただきました。
posted by 理乃 at 21:47| Comment(0) | 福岡県柳川市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年09月10日

阿恵官衙遺跡展

糟屋町立歴史資料館で阿恵官衙(あえかんが)遺跡展が開催(9月27日まで)されています。

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阿恵官衙跡は今年の3月に国の史跡に指定されたばかり。

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飛鳥時代から奈良時代にかけて
今の粕屋郡一帯を治めていた筑前国糟屋評(かすやのこおり)(郡)」。
阿恵官衙跡にはその役所跡。
政庁や正倉が良好な状態で保たれていました。

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遺跡からは建物の柱穴の痕跡、
古代の役人が身につけていた木製のクシ、
役所の仕事に使われていた硯などが見つかりました。

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698年鋳造とされる京都妙心寺の梵鐘(国宝)には
「糟屋評造(かすやのこおりのみやつこ)舂米連廣國(つきしねのむらじひろくに)」
という名前が記されています。
妙心寺の鐘とよく似ているのが観世音寺の梵鐘。
2つの梵鐘は同一工房で同時期に鋳造されたと考えられています

7世紀、糟屋評の政庁で梵鐘制作の指示にあたっていた廣國氏。
古代官道を馬に乗って、大宰府政庁も訪れたのでしょうか。
歴史資料館を出たあと、阿恵官衙跡を探して行ってみましが、
埋め戻されて草が茂り案内板もないようでした。
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2020年09月08日

2020.8.25伊都国巡りI雷山の山野草

伊都国巡りのラストは雷山で目にした山野草たちです。
山に咲く山野草も秋の気配。
悠久の伊都国の歴史はただただ興味深いばかり。
次回の史跡巡りをまた心待ちにして。

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キンミズヒキ

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クルマバナ

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ヤブマオ
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2020年09月07日

2020.8.25伊都国巡りH雷(いかづち)神社

雷山の中腹に鎮座する雷神社。

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上宮は山頂付近にあります。
ここは中宮で下宮は雷山千如寺付近にあったということ。
かつては女人禁制でした。
日照りが続いた年には雨乞いの祈祷が行われました。
今、雷山千如寺にある十一面千手千眼観世音菩薩はここにあったものということ。
境内にある天然記念物の千年杉や樟の大木は見事です。

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樹齢900年以上の公孫樹が色づくころは、
より一層神秘的な雰囲気に包まれるのでしょう。

ラベル:雷神社 雷山
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2020年09月06日

2020.8.25伊都国巡りG雷山千如寺大悲王院

大楓で有名な雷山千如寺に行ったのは40年ぶりくらいでした。

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さすが、古代に栄えた国があった糸島。
寺伝によればとんでもなく古いお寺です。
仏教伝来以前の成務天皇48年(178年)、
天竺(インド)の僧、清賀が渡来し、
開創したとされています。
鎌倉時代には元寇に対する祈祷寺院となり、
再盛期には300の坊があったそうです。
雷山は雷神を祀る中宮のほか、上宮、下宮があり、
三宮を司っていたのが千如寺で、神仏習合の山でした。
明治維新の神仏分離令で中宮にあった仲之坊は廃寺。
本尊をはじめ仏像、古文書などは大悲王院に移されました。

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本尊。十一面千手千眼観音像。鎌倉時代。丈六仏

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開山堂への階段

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五百羅漢

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開山堂。国宝富貴寺大堂の様式を参考に、平成2年に再建されました。

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開山堂。内陣には清賀上人座坐像が安置されています。
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2020年09月05日

2020.8.25伊都国巡りF不動池

貯水地不動池は雷山神籠石が取り囲んでいます。

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北水門から道を南へ行きます。
フェンスの脇から中に入り進むと、
土手があるので、
そこに至る草に埋もれた幅の狭い階段を上っていきます。

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土手の上にたどり着くと不動池が見渡せました。

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不動池の碑

奥に密かに人気の水に浸かった樹々が見えています。

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2020年09月04日

2020.8.25伊都国巡りE雷山神籠石

このところの史跡巡りで一番感動した雷山神籠石。
意外にもけっこう近くまで車で行けます。

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ここまで車で行けます。

神籠石は九州地方から瀬戸内地方で見られる
石垣で区画した列石遺跡。
『日本書紀』や『続日本紀』に記載がなく
遺構でのみ存在が確認される山城です。
雷山神籠石は東西300m、南北700mほど。
谷の南北に築かれた水門とそれから東西に延びる列石群を見ることができます。

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北水門

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北水門

とてつもなく古い遺構でありながら、
美しい形で残っていることに感心しました。
誰がなんのために造ったのか、興味が尽きません。

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2020年09月03日

2020.8.25伊都国巡りD西行返り

平原遺跡から雷山方面を目指します。
雷山千如寺に行く手前のバス停雷山入口に西行返りという石碑があります。

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雷山へ続く山道を歩いていた西行。
休んでいると上から降りてきた子どもが「冬しげる 夏枯れ草の 根を刈りに」と言いました。

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和歌の下の句を求めていると気づいた西行。
でも子どもの姿はかすみ、山の中へ消えました。
下の句に即答することができず恥じた西行は、
子どもは雷山の千手線眼観音の化身で西行のうぬぼれを諌めたのだと思い、
雷山へは登らず引き返したという伝説があるのです。
石碑の側面に「冬しげる 夏枯れ草の 根を刈りに」という句が彫られています。

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