2020年12月31日

2020.12.3 糸島歴史探訪J誓願寺(福岡市西区今津)

糸島歴史探訪ラストは栄西ゆかりの寺。
かつては42の子院を持つ大寺院だった誓願寺。
今津は年貢の積み出し港や貿易港として活気があり、
水運業者の保護のもとにあったと考えられるそうです。
臨済宗を伝えた栄西は
2度目の渡宋(1187年)まで十数年、
誓願寺に滞在していました。
「誓願寺盂蘭盆縁起」は 栄西の肉筆文書で国宝。

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誓願寺に滞在した折に書かれたとされ、
今も誓願寺の所蔵(九州国立博物館寄託)です。

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白山大権現堂

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白山大権現堂
ラベル:誓願寺 栄西
posted by 理乃 at 14:38| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020.12.3 糸島歴史探訪I元寇防塁(福岡市西区今津)

古代の水城も立派ですが、
中世の防塁もすごいです。

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文永の役(1274年)で元に侵攻された鎌倉幕府は
防塁を築き再襲来に備えました。
築造は国ごとに区域を定めて行われました。
高さ・幅は平均2メートル。
総延長は、今津から香椎までの約20キロメートル!

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弘安の役(1281年)では元は防塁や武士の元船への攻撃で
博多の地に上陸できませんでした。
けっして神風のせいではないんですね。
福岡城築城の際に石垣の石として
防塁の大半が失われたと考えられています。

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ラベル:元寇防塁
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2020年12月26日

2020.12.3 糸島歴史探訪H六所神社

六所神社があるあたりは
古代川辺里と呼ばれていたところということで訪れました。

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現存する最古の戸籍は正倉院文書の「筑前国嶋郡川辺里戸籍」(702年)。
そして2012年に太宰府市で発見された
7世紀末の国分松本遺跡の木簡。
木簡には人名や身分など戸籍の内容が書かれていました。
「嶋評(しまのひょう)」と記されていましたが、
評とは大宝律令以前の地方行政単位「国・評・里」の一つで郡に相当。
嶋評は現在の糸島市や福岡市西区に当たります。
そして正倉院の戸籍と共通する川部里という里の名もありました。
古代でつながる奈良と大宰府と糸島。
境内の樹齢千年を超えるという樟はその時代を知っていたのか知らぬのか…。

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ラベル:六所神社
posted by 理乃 at 23:52| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月25日

2020.12.3 糸島歴史探訪G立石山からの展望

美しい志摩の風景が見られる場所、立石山。

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頂上近くに駐車スペースがあり、そこから眺める芥屋の大門の風景は最高です!

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ラベル:立石山
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2020年12月24日

2020.12.3 糸島歴史探訪F工房とったん

糸島半島の西の突端にある
人気の「工房とったん」は製塩所。

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ここで作られている「またいちの塩」や、
「塩をかけてたべるプリン」が購入できます。
とろとろしてて濃厚なプリン。
これに塩?と思うのですが、
かけてみるとよく合うのです。

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ラベル:工房とったん
posted by 理乃 at 14:22| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020.12.3 糸島歴史探訪E姫島

志摩サンセットロードから姫島を臨みました。

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姫島は志摩の岐志漁港から渡船で約16分。
周囲3.8km、人口約200人。
勤王志士たちの協力者だった
女流歌人、野村望東尼が流罪で囚われた島としても有名。
西側には御堂や記念碑が残っています。
*糸島市観光協会HP参照
posted by 理乃 at 13:07| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月23日

2020.12.3 糸島歴史探訪D長野宮ノ前支石墓

糸島に支石墓(ドルメン)があることは知っていましたが、
ついに目の前に・・・!
糸島宇美八幡宮一の鳥居のあたりに
長野宮ノ前遺跡から移されて置かれています。

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長野宮ノ前遺跡は紀元前300年前の40基にのぼる墓地。
重さ3トンもある花崗岩石が利用されています。
石の下からは大きな壺の棺が出土しています。
墓穴に遺体を埋葬したのち、
地表に大石を置いて墓石としています。
大石と地表の間に支え石を挟んでるため、
支石墓と呼ばれます。

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支石墓は朝鮮半島から伝わり、
ほかに糸島の志登支石墓群、唐津市の葉山尻支石墓群など、
糸島から唐津にかけて発見されています。
*説明板参照
posted by 理乃 at 23:31| 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月21日

2020.11.24ゆふいん・耶馬渓散策B茶房 天井棧敷

落ち着く茶房「天井桟敷」も
いつもだったら混んでいて入れないところ、
コロナですいていて、あっさり入れました。
しばしまったり。

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posted by 理乃 at 23:45| 大分県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月19日

好きすぎるお花屋さん「華もみじ」

JR水城駅前に好きすぎて困るお花屋さんがあります。
「アトリエ華もみじ」。

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お花屋さんというと切り花が主流ですが、
ここには切り花はありません。
あるのはセレクトされた苗たち。
ほしかった色合い、ほかにはないものが置かれています。
苗や寄植えやとびきりおしゃれな器の販売、
そして教室を開催しています。
華美ではない寄植えの花選び、
そしてたまらなく好みにマッチした配色、
いつまでもいたいお店です。

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posted by 理乃 at 12:15| 福岡県大野城市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月12日

2020.12.3 糸島歴史探訪C長嶽山(ながたけやま)一号墳

宇美八幡宮の両脇には
紀元5世紀から7世紀にかけての大小14基の古墳があり、
当時この地域を支配していた一族の墓だと考えられています。
一番大きな一号墳は帆立貝式古墳で
墳上には宇美八幡宮上宮の祠があり、
仲哀天皇の棺を収めたとされています。
斜面には葺石が施されていました。
この場所は奥の院とも呼ばれ、
一号墳は奥の院古墳とも呼ばれています。

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一号墳への道

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一号墳。墳上には宇美八幡上宮の祠があります。

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*案内板参照
posted by 理乃 at 00:22| 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月11日

2020.12.3 糸島歴史探訪B宇美八幡宮

宇美町の宇美八幡宮は有名ですが、
糸島の長嶽山(ながたけやま)山頂にも宇美八幡があります。

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奈良・平安時代は大きな神社で、
7日間の祭礼が行われていたそうです。

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上宮と本宮があり、上宮には仲哀天皇、
本宮には応神天皇、神功皇后、玉依姫命(たまよりひめのみこと)、
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、気比大神(けひのおおかみ)、菅原大神が祀られています。

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神社の縁記には摂政元年、神功皇后が武内宿祢に命じて、
香椎宮に安置していた仲哀天皇の御棺を、
この山に移して稜を築かせたとあります。

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*「ご来福しよう」HP参照
posted by 理乃 at 00:19| 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月05日

2020.12.3 糸島歴史探訪A金龍寺

怡土城跡碑の近くにある金龍寺。

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そのたたずまいの立派なことにまず驚きましたが、
その歴史の深さにもっと驚きました。
太宰府ともゆかり深いお寺でした。
原田家菩提寺、黒田家准菩提寺とあります。

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建立されたのは永正5年(1508)。
高祖城城主原田興種公が父原田弘種公菩提のために建てました。
ここもまた怡土城跡の土塁上にあります。
す。
大蔵朝臣原田家は漢の高祖劉邦を始祖となし
80代信種まで続きましたが
豊臣秀吉の九州征伐の際に反抗して滅亡しました。
大蔵の名前を承り、
大蔵春実は藤原純友の乱で功をなし
太宰少弐筑前守に任ぜられています。
基山の椽城にいましたが筑紫郡原田に城を築き
原田と姓を改めました。
後に那珂川町城山に岩戸城を築き、
種村は刀伊賊と戦っています。
種直は安徳天皇を居城に迎え安在所としました。
種直は平家滅亡の後。高祖に城を築きます。
種照は文永11年に高句麗蒙古の昆成軍28000人と
筥崎浜で戦い戦死。
種之、種房兄弟は弘安4年、
再び襲来した14万人の大軍を今津浜で戦いました。
こうしてみると古代から続く原田家の歴史に唖然とするばかりです。

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高祖山を借景にした見事な庭があります。

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面白い剪定

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*境内の由緒書参照
posted by 理乃 at 12:08| 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月04日

2020.12.3 糸島歴史探訪@怡土城跡

歴史仲間の誘いで出かけた糸島歴史探訪。
今回もディープな旅ができました。
まずは怡土城(いとじょう)跡。

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大鳥居口の土塁

怡土城は高祖山にあった古代山城。
奈良時代の756年768年にかけて築城された中国式山城で、
吉備真備、のちに佐伯今毛人(さえきのういまえみし)が築城を担当しました。
西山裾には2kmの土塁線が1250年の時を超えて、
今もなお遺っています。

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基石に利用された長方形の繰り込み孔がある礎石。

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怡土城址碑に後ろに続く土塁。

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朽ちかけた土塁
posted by 理乃 at 22:36| 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする