2008年07月22日

筑紫野市の天拝山歴史自然公園

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筑紫野市民の憩いの場、
天拝山歴史自然公園は天拝山の麓の広々とした公園です。

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池に水上ステージがあります。

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このお方は?
藤原虎麿=初代大宰帥蘇我日向臣身刺(ひむかのおみさし)です。

この方は武蔵寺の創建にかかわりのあるお方なのです。
『武蔵寺縁起』によると、
御笠郡須多礼に住む藤原虎麿は天智・天武の二帝に仕え、
椿花山武蔵寺を創建した豪族とのこと。
虎麿は死期にあたり家臣を集め、
「遺体に鎧と兜を着せ、弓矢を持たせ
薬師堂の傍らに葬り毎年その日に法要を行えば
豊作がもたらされ、民の安全が守られるであろう」と言い残し、
朱鳥元年(686年)10月15日に亡くなりました。
家臣は遺言通り遺骨を葬り祠を建て命日に法要を行ないました。
その法要は現在も旧暦の10月15日に武蔵寺の「地蔵会」として
残っているということ。
               ※「西都 太宰府」より


武蔵といえば長者の藤(筑紫野市指定天然記念物)が有名ですが、
これも藤原虎麿が自分の姓にちなんで藤の木を植えたと伝えられています。

武蔵寺には室町時代〜江戸時代前期に作られた武蔵寺縁起絵図が伝えられています。
藤原虎麿像の後ろを見てください。
武蔵寺縁起絵図はここに陶板で複製されて飾られているので、
いつでも見ることができます。
全五幅です。


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第一幅
武蔵寺の末寺である正法寺や石見堂、寺の建設者とされる虎麿長者の須多禮乃屋形(すだれのやかた)
(※上下は欠損しています)

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第二幅
武蔵寺の薬師如来像を刻んだ椿の由来と寺の建立

上から8つの場面を見ていきます。

「木屋町(こやまち)の山中に不思議な火の玉が現れ、
人々は逃げまどいます。
虎麿は酒宴の席で家臣たちからその話を聞き、
さっそく火の玉退治に出かけました。
その夜、夢枕に摩虎羅大将(まこらたいしょう)が現れ、
火の玉は薬師如来の化身であることを告げました。
翌日、虎麿が家臣たちを連れて山に入ると、
点々と血が落ちており、たどっていくと大きな椿に矢がささっていましたた。
夢のお告げどおり椿を切り、
都から釈祚連(しゃくそれん)という僧侶を呼んで、
その椿で薬師如来の像を刻み、
仏像を納める堂を建立しました」    ※ちくしの散歩より

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第三幅
虎麿の娘瑠璃子の誕生と薬師湯(現二日市温泉)入湯による病の治癒

上から7つの場面を見ていきます。

「武蔵寺の評判は都まで広まり、
勅使が遣わされました。
虎麿の夫人は月光によって身ごもり、
薬師如来の光が夫人を照らすと、
無事女の子(瑠璃子(るりこ))が生まれました。
そのころ疫病が流行して多くの村人が死亡しました。
瑠璃子も病にかかりましたが、
一人の僧侶が現れて、
東方の田の中にある温泉に入れると平癒することを告げました。
その場に行くと、たちまち温泉が湧き出しました。
お告げどおり、瑠璃子を入湯させると、瑠璃子の病は治りました」
       ※ちくしの散歩より
 
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第四幅
薬師十二神将の加護によって壬申の乱で活躍する虎麿

上から4つの場面を見ていきます。

「天武方(右)と大友方の戦い。
大友方の勇将智尊(ちそん)のため天武方が敗北します。
近江瀬田橋の戦い。
右が天武方、左が大友方。
天武方の鋤鉤(さひち)が瀬田橋のほとりで智尊を斬ります。
天武方と大友方の戦い。
大友方の勇将智尊(ちそん)のため天武方が敗北します。
近江瀬田橋の戦い。
右が天武方、左が大友方。
天武方の鋤鉤(さひち)、瀬田橋のほとりで智尊を斬ります」
      ※ちくしの散歩より

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第五幅
薬師温泉の繁栄と紫藤の滝、地蔵会(じぞうえ)、御自作天満宮、菊池氏と少弐氏の戦い(1336年)で兵火を受けた武蔵寺。

上から7つの場面を見ていきます。

「温泉の評判は世間に広まり、
湯町は大いに繁栄しました。
川沿いには温泉宿が並びました。
年老いた虎麿は、死期にのぞんで自分の名である藤原にちなみ、
藤の木を植えるように遺言しました。
虎麿が亡くなると地蔵会が営まれるようになりました。
武蔵寺横に「御自作天満宮(ごじさくてんまんぐう)」があります。
菅公(かんこう)が自身の像を刻んで奉納したといういわれのある神社です。
右側は菅公が天拝山にのぼるに際し、
みそぎをしたと伝えられる紫籐(しとう)の滝。
建武年間の菊地氏と少弐(しょうに)氏の戦い(1336)で武蔵寺が炎上する場面。
天正14年(1586)の岩屋城の戦い。
地蔵会は村をあげて営まれるようになりました」
    ※ちくしの散歩より

早朝、お散歩がてら、
天拝歴史自然公園に行って、虎麿の時代に浸ってみませんか?

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ラベル:筑紫野市 天拝山
posted by 理乃 at 00:18| Comment(0) | 福岡県筑紫野市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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