2009年07月11日

ソラリアの飾り山 見送り 西征東伐大和夢

ソラリアの飾り山の見送りは
かなりいいです。
どこが?
って、わたしの好きな古代ものだし。
なんてったって小嶋慎二さんの作る人形の顔が美しいのです。
よく見てね。

2009solariaura1.jpg

十番山笠 見送り 西征東伐大和夢
人形師 小嶋慎二

上下で2つの場面を表現しています。

2009solariaura2_1.jpg

【下部の場面】
景行天皇には80人の皇子がいました。
天皇はそのうち小碓尊(おうすのみこと/のちの倭建命)、
稚足彦尊、五百城入彦皇子の3人を皇位継承者としました。
その中でも最も有能な小碓尊に対して
南九州で強い勢力を持っていた熊襲を朝廷に恭順させるように命じました。
熊襲は武勇の誉れ高く、なか従わないと思われました。
そこで小碓尊は熊襲の首長である熊襲兄建・熊襲弟建が宴会を催した際、
叔母の、倭姫皇子(やまとのひめみこ)から授かった着物を着て女装
して酒宴に紛れ込みました。
熊襲建兄弟は美しい小碓尊を見初め、酌をするように言います。
酒に酔った二人を小碓尊は懐に隠し持った刀で討ち取るのです。
熊襲兄弟は最後に小碓尊の武勇をたたえ、
これからは倭建命と名乗るように言い残して力尽きます。

2009solariaura4.jpg

熊襲兄建です。

2009solariaura5.jpg

2009solariaura3.jpg

小碓尊です。

2009solariaura6.jpg

すてきー。


【上部の場面】
東伐を終えた倭建命は大和へ帰る途中、
伊吹山の荒ぶる神を討つため、伊吹山に立ち寄ります。
山の神は素手で討ち取ろうと山を登ると、途中で白い猪に出くわします。
猪は山の神の使者に違いないと、山の神を討ち取ったのちに退治しようとやりすごします。
しかし実はこの猪こそ山の神でした。
怒った山の神は激しい氷雨を降らします。
憔悴した倭建命は大和を目指しますが、伊勢で力尽きます。
倭建命の死を知った景行天皇は伊勢で息子の陵を作らせたところ、
倭建命の霊が骸から離れ、
八尋白智鳥(やひろのはくちのとり)となって大和に向かいました。
景行天皇は八尋白智鳥が降り立った3カ所に御陵を作らせました。
それが能褒野陵(三重県亀山町)、
白鳥陵(奈良県御所)、白鳥陵(大阪府羽曳野市)ということです。
                         ※パンフより

このストーリーを知った上で飾り山を見ると、
もっと楽しめると思います。
倭建命って女装がばれないほど、
見目麗しかったのですね。


ラベル:飾り山  山笠
posted by 理乃 at 00:18| Comment(2) | ★博多祇園山笠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
しっかり読ませて頂きました。
飾り山も、ほけ〜っと見るだけじゃなくて、物語を読まないといかんのですね。
Posted by むっちゃん at 2009年07月11日 18:59
むっちゃんさん、こんばんはー。

しっかり読んでいただきありがとうございます(^^)/
昨日仕事から帰って、
ときどき眠りながら書きました。
飾り山は毎年、わたしにとって日本史のお勉強の機会にもなってます。
漠然と見るだけじゃなく、
歴史を知った上で見ると
さらに楽しめます。
Posted by 理乃 at 2009年07月11日 21:24
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: