2009年08月16日

井上荒野の「切羽へ」

お盆の前に「読んでほしい」と言って差し出された一冊の小説。
それは井上荒野の「切羽へ」という本だった。

お盆の三日間の眠る前の時間で読み終えた。
義務で読んだわけではなくて、
井上荒野の筆力に惹きつけられて読み進んだ。
かつて炭鉱で栄えた島で暮らすセイという30代の女性の
揺れる心情が絹のようにきめ細かく描かれていて、
のめり込んだ。

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島の医者の娘で養護教諭のセイは父が残した丘の上の家で、
画家の夫に愛され幸せに暮らしている。
同僚の月江は東京から会いにやってくる男の愛人で
性の匂いを発散させながら奔放に生きている。
穏かなセイの暮らしは新しく赴任してきた石和(いさわ)という音楽教師の出現でバランスを崩す。
セイは彼が気にかかるということを意識していないが、
どうしようもない揺らぎがセイの中に生まれる。

月江の方は東京の男の妻が現われ修羅場となる。
だが、セイの方には何も起こらない。
夫は変わりなくセイを愛するが、
ただセイの心の中には異質なものへの衝動が巣くう。
セイは無意識のうちに、自分の中に住む悪魔を感じている。
だから夫からどんなに愛されようと完璧に満たされることはないのだ。
穏かなセイは月江のように行動しない。
その行動しない心のひだを描くことがこの作品の主題だ。

切羽、それは普通「せっぱ」と読むが、作者は「きりは」と読ます。
切羽とはトンネルのいちばん先、それ以上は進めない場所のことだ。
わたしも「せっぱ」より「きりは」という読み方が好きだ。
羽を切られたセイ。

セイは切羽に留まる。
月江はトンネルの向こうに突き抜ける人だ。
セイは今いる島という切羽に留まりながらも、
夫以外の異人へ惹かれるがゆえに、
どこか欲望が満たされない切なさを生きる。
セイという名は性に通じているのではないだろうか。
これはかなりセクシュアルな小説だ。
何も性をあからさまに描かなくても
作者の筆力が切羽の性を描き切る。

物語の最期、
トンネルを突き抜けなかったセイは夫の子どもを宿す。
切羽には切なさが内在するが、
そこには幸福も確かに存在するのだ。



切羽へ

切羽へ

  • 作者: 井上 荒野
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2008/05
  • メディア: 単行本




(平成20年第139回直木賞受賞作)
ラベル:井上荒野 切羽へ
posted by 理乃 at 16:07| Comment(2) | ★図書室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
押し付けるように貸してしまった犯人です(笑)。でも、気に入ってもらえたようでよかったぁ〜^^
“セクシュアル”・・・・ドキッとしてしまいました。そうですよね、プラトニックではなくて、抑圧の感情。だからこそ、エロいのかも、って私も感じました。
なかなか進まない二人の関係が、時間が止まったような廃墟の島に包まれている感じで。これも又、見事でしたよね〜。

そういえば、仰っていた感想ですが、直木賞受賞の際、林真理子さんが似たようなことを述べられていました。これは、コピーですけど、また持っていきます(押しつけまーす^^)!!
ちなみに、荒野さんの妹(姉かも)は「切羽さん」って名前らしいです。
Posted by aya at 2009年08月18日 07:29
ayaさん、コメントありがとう!

「なかなか進まない二人の関係が、時間が止まったような廃墟の島に包まれている感じ」
まさにそうですねぇ。
人と人の関係って、ほんとうにそうありたい人とはなかなか結べないもの。
コピー待ってます。
これからも気になる本があったら貸してくださいね。
こうやって人に影響されて読むこともすてきだって思ってます。
ayaちゃんとは●●趣味っていう共通点もあるし(*^-^*)。
それにしても荒野とか切羽とか、光晴さんは独特のネーミングセンスをお持ちです。

Posted by 理乃 at 2009年08月18日 07:52
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