2010年06月20日

風浪宮はすごい!

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大川市に行き、風浪宮に立ち寄りました。
地図に大きく記載してあり、
すごいのではないかと思ったのですが、
予想どおり。。。

神功皇后(じんぐうこうごう)が新羅に出兵し、帰還するとき(192年)、
軍船を筑後葦原の津(大川榎津)に寄せました。
そのとき、皇后の船のあたりに白鷺が現われ、
東北に飛び去りました
皇后はその白鷺は勝運の道を開いた少童命(わだつみのみこと)の化身だとして、
白鷺のあとを追わせ、
白鷺が止まった地を聖地として、
武内宿禰(たけうちのすくね)に命じて仮宮を作らせたということです。

これがご神木の楠。

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少童命の化身の白鷺が止まったといわれる大楠。
樹齢約2000年。
幹には大人が2,3人入れるくらいの空洞がありますが、
樹勢はますます盛んとのこと。

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灯篭も立派です。

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従来ここにあった石灯篭は平成17年の福岡県西方沖地震で倒壊。
平成20年に完成したこの木造の灯篭は
大工の町、大川にふさわしく、
欄間彫刻、組木建具という大川の技術を結集した
大川の職人さんたちの手によるもの。
地域の技術がこのような形で生かされていることに感動します。

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本殿は国指定重要文化財。
永禄三年 (1560)、領主蒲池鑑盛入道宗雪の再建によるもの。

本殿の中の像は誰?

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この説明書きを読んで、
あまりの歴史の古さに驚きました。

これは阿曇磯良丸(あずみいそらまる)。
磯良丸は干珠満珠(かんじゅまんじゅ)を持って神功皇后に従い、
船団の海上指揮をとった航海熟達の海士(あま)。
風浪宮初代神官としてこの地に留まり、
その子孫は代々、宮司として後を継いでいるということ。
現宮司は第67代!

磯良丸に仕えた船頭のうち7人もこの地に残りました。
当時の船名(興賀丸、六郎丸、古賀丸、石橋丸、徳丸)を継いで、
宮乙名と称して恒例の神事に奉仕しているとのこと。

今日船名に「○○丸」と丸を付けるのは
磯良丸の丸に起因するものだそうです。

(※風浪宮HP参考)


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境内には五重塔もありました。

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右にある石人の説明は以下。

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posted by 理乃 at 03:23| Comment(0) | 福岡県大川市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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