2011年08月13日

唐津・佐用姫伝説と花のたび その9 佐用姫生誕の地 厳木町瀬戸木場

「唐津・佐用姫伝説と花のたび」と題しておきながら、
佐用姫はいつ出てくるの?と思われていたかも。。。
ここでやっと登場です。

ところで、佐用姫ってだれ?

佐用姫は(さよひめ)は、現在の唐津市にいたとされる豪族の娘。

次のような伝承があります。

537年、新羅の任那侵入に際して、
任那の要請を受けたヤマトは
大伴狭手彦(さでひこ)などを救援に差し向けます。
大伴狭手彦(さでひこ)は篠原の長者の館に滞在し、
その館の娘で身の回りの世話をしてくれた佐用姫と愛し合います。
狭手彦が出征する日を迎え、二人は離れ離れに。。。
佐用姫は鏡山の頂上から衣の領巾(ひれ)を振りながら舟を見送っていましたが、
別れに耐えられず、
舟を追って呼子まで行き、
加部島で七日七晩泣きはらした末に石になってしまいました。
  ※ウィキペディアより

「篠原村」と呼ばれる佐用姫の生誕地はいくつか言い伝えられています。
「厳木町瀬戸木場(長者原)」説、
七山村史に残っている「七山 藤川 (芝原)」説、
浜玉町史に残っている「浜玉町平原 座主」説の3つが有名。

このたびでは、その中の2つを訪ねました。
1つ目が今回ご紹介する「厳木町瀬戸木場(長者原)」。

車一台分の幅しかない道を、
ここでホントにいいの?と不安になりつつ進みます。

場所が分からなくなって、
親切な土地の方の先導でやっとたどり着きました。

車を止めて、少し歩きます。
ありました。

佐用姫生誕伝承の地1_1_1.jpg

この碑の後ろに小さな祠がありました。
長者宮と彫ってあります。

佐用姫生誕伝承の地2_1.jpg

恋するあまり、死んだ佐用姫。。。
現代の女性だったら、
どうでしょう???

ラベル:佐用姫 唐津
posted by 理乃 at 16:34| Comment(0) | 佐賀県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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