2016年02月13日

きゅーはく女子考古部 番外編 筑前町古墳めぐりの旅 @ 大刀洗平和記念館

本日参加している部活、きゅーはく女子考古部の番外編がありました。
なんと筑前町役場とのタイアップ。
あいにくの雨でしたが、そこは元気な女子たち、なんのその。
一番最初に向かったのは砥上観音塚古墳。
30分の山登りのあと、狭い羨道をハイハイして石室に入ると
ゴンドラや星が描かれた素晴らしい装飾が見られます。
とても残念なのですが、わたしは山登りができないので一人別行動。
町役場のNさんが公用車で連れて行ってくださったのは大刀洗平和記念館でした。
以前から一度行きたかったところ。
ついにやってきました。
しかも館長さんがマンツーマンで解説をしてくれました。

DSC00804 - コピー.JPG

かつてここには東洋一の陸軍の大刀洗飛行場がありました。
誕生は大正8年。多くの施設がつくられ一大軍都であったのです。
上海、平壌にも飛行機が飛んでいた国際空港だった時期もありました。
陸軍飛行学校もありました。
写真に残る14歳から16歳の少年たち。
死ぬために飛んだ特攻隊を見送った場所でもありました。
幼さが残る少年たちの顔を見ると、涙があふれます。
戦争中、もちろん空襲を受け、昭和20年3月の攻撃で壊滅的な被害を受け、子どもたちを含む民間人が犠牲になりました。
空襲で亡くなった人は600人から1000人ほど。
集団下校の途中逃げ込んだ頓田の森で31人の子どもたちが亡くなっています。

DSC00827 - コピー.JPG

展示されていたゼロ戦三ニ型唯一の現存機は
マーシャル諸島タロア島のジャングルの中に眠っていたもの。
ボロボロになった操縦席を覗くと、
かつてここに座り、太平洋を南の島まで飛行し、
そして墜落していった人がいたことを思います。

DSC00834 - コピー.JPG

大刀洗平和記念館が存在する意味は、
けっして愚かな戦争を繰り返さないこと。
太刀洗飛行場に整列する飛行機。
戦争の飛行機はいらない。
そこに乗る人の不幸はもういらない。
送り出す人の不幸も、もういらない。
平和を願うために、ここは訪れてほしい施設です。

IMG_20160213_0001 - コピー.jpg
posted by 理乃 at 21:19| Comment(0) | 福岡県朝倉郡筑前町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: