2016年04月02日

【M氏と行く切支丹遺跡のたび その3 中浦ジュリアン記念公園

天正10年(1582)に天正遣欧使節としてヨーロッパへ向けて出港したのは
長崎の少年たちでした。
その中の一人、中浦ジュリアンの生誕地が西海市西海町中浦。
館(たち)と呼ばれれたところです。
今、その場所は中浦ジュリアン記念公園として整備されています。

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資料展示室内部

中浦ジュリアンは有馬のセミナリヨ(神学校)で学び、
伊藤マンショ、千々石ミゲル、原マルチノらと一緒に使節に選ばれました。
ヨーロッパ諸国で歓待を受け、ローマ教皇との謁見を果たしています。
8年半の滞在ののち帰国。
天正19年(1591)に京都の聚楽第で豊臣秀吉とも謁見。
その後イエズス会に入会。
マカオで学んだ後、神父となります。
禁教下ので布教活動を行い62歳のとき長崎で穴吊りの刑に処せられ殉教しました。

時代に翻弄された一生。
若くして特殊な体験をしたジュリアン。
資料展示室の屋根に立つジュリアンの像はとても初々しいもの。
それだけにのちの苛酷な運命を思うと、
とてもつらくなります。。。

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※西海地域の歴史文化遺産HP参照
posted by 理乃 at 15:19| Comment(2) | 長崎県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。すでに読まれている
かもしれませんが、

「クアトロ・ラガッツィ」
 若桑 みどり (著)
      集英社文庫
お薦めです。

クアトロ・ラガッツィ
(天正少年使節の四少年)
Posted by mats at 2016年04月02日 20:24
matsさま

すてきな情報、ありがとうございます!
チェックします。
苦労して出したニューカレドニアの本ですが、
来週、この本について東京、大阪でお話する機会を得ました。
みなさんの応援のおかげで頑張れたニューカレドニア生活です。ベストを尽くしてきます。
Posted by 理乃 at 2016年06月12日 22:24
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