2016年08月26日

大浜流灌頂の夜A海老崎雪渓:岩見重太郎の狒々退治

そもそも大浜流灌頂に出向いたのは海老崎雪渓の武者絵が見たかったからです。
そこで旧大浜公民館に展示してあるものを先に見に行きました。
会場に行けば解説が期待できるかと思っていましたが、
絵についてまったく分かりませんでした。
そこで自力で絵解きしてみます。
まず化け物の絵をご紹介します。

DSC02522 - コピー.JPG

この絵には雪渓の名が入っていませんでした。
ところが路地に同じモチーフの絵があり、
そこには雪渓の名が入っていました。
色彩も違いますし、化け物も若干違います。

DSC02585 - コピー (5).JPG

展示場のものは青系、
路地のものは赤系です。
どちらかがコピーで違う絵師が描いたものなのか、
両方雪渓が描いたのか、それも分かりません。
さて、この場面ですが、岩見重太郎の狒々退治です。
岩見重太郎とは薄田兼相(すすきだ かねすけ)のことで
豊臣秀頼に仕えた戦国時代の武将。
小早川隆景の剣術指南役岩見重左衛門の次男です。
父が同僚の広瀬軍蔵によって殺害されたため、
敵討ちのために各地を旅しました。
大阪を旅しているとき、ある村をとおりかかります。
風水害に見舞われ、流行する悪疫に苦しんだ村民は
「毎年、定められた日に娘を辛櫃に入れ、神社に放置しなさい」という占いに従い、
6年間そのように続けてきました。
7年目にも同様の準備をしている時に通りかかったのが岩見重太郎。
岩見重太郎は「神は人を救うもので犠牲にするものではない」と、
自らが辛櫃の中に入りました。
翌朝、村人が様子を見に行くと辛櫃から血痕が点々と隣村まで続いており、
そこには人間の女性を攫う狒々(ひひ)が死んでいたといいます。
この絵では狒々はおそらく左手の化け物。

DSC02585 - コピー - コピー.JPG

そのほかいろんな化け物が生贄の娘を取り囲んでいます。

DSC02585 - コピー (3) - コピー.JPG


DSC02585 - コピー (2) - コピー.JPG

娘は村娘でなく、武士の娘に置き換えられ、辛櫃もありません。
闇の中に浮かぶ娘の白く美しい肢体、恐ろしい狒々、娘を救う若き武者。

DSC02586 - コピー.JPG

夏の夜に差し出される物語世界。
人々はひたいに汗をにじませながら、
団扇片手に通りに掲げられた絵に見入ったのでしょう。

※ウィキペディア参照
※元絵を発見。月岡芳年でした。
posted by 理乃 at 19:55| Comment(0) | 福岡市博多区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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