2017年01月25日

沈黙ーサイレンスー

マーティン・スコセッシ監督の「沈黙ーサイレンスー」を見てきました。
隠れ切支丹の里巡りのときに読んだ遠藤周作の「沈黙」。
外国の監督が日本の物語をどう撮るのかと思いましたが、
かなり原作に忠実で、時代考証も衣装も違和感なく素晴らしかったです。
主役の宣教師よりも、隠れ切支丹の人々、そしてそれを弾圧する人々が印象に残りました。
日本の俳優たちがとてもよかったからです。
十字架に掛けられ海の波に呑ませる拷問シーンをリアルに演じる役者たち。
圧倒的に貧しい農村。
搾取されるために生まれ、生きて、キリスト教に救いを求めた人々。
弾圧の苦しみの中で神はなぜ救わないのかと問い続ける主人公。
弾圧側の井上筑後守はキリスト教は根付かない、この国は沼なのだと言います。
示唆するものが多く、しっかり撮られた映画。
神はどうして救わないかという命題よりも、
あの入江の貧しい村々で人々が信仰に生き、または惑い、
弾圧する者がいて、転んだ者がいて、
その中には宣教師もいて、日本名を与えられ、
妻も娶り、静かに生きて亡くなったという事実のみが
重く迫ってきました。
posted by 理乃 at 00:57| Comment(0) | ★CINEMA | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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