2017年04月23日

『聞書西表炭坑』三木健 三一書房 1982

元琉球新報社副社長で元沖縄ニューカレドニア友好協会会長の三木さんとの出会いは
2012年のニューカレドニアだった。
ジャーナリストの三木さんがニューカレドニアに注目したのは、
もともとこの西表島の炭坑の歴史を調査していたからだったらしい。
ニューカレドニアに移民としてわたった沖縄の人々は同じ鉱山労働者として働いた。
三木さんとは去年沖縄で再会して、とてもお世話になった。
そしてそのときいただいたのがこの本だった。
この本を読むまで西表島に炭坑があったことすら知らなかった。
西表島といえばイリオモテヤマネコくらいしか知識がなったのだから。

読み始めると、この本のあまりの重さにたじろいだ。
炭鉱に騙されて連れてこられ、そこがどこだかも分からず、
奴隷のように囲われ、働かされていた鉱山労働者たちがいた。
あまりに苛酷なその運命。
マラリアに襲われる島。
救いを求めて脱走しても、密林に阻まれそのまま野垂れ死にした坑夫たちもいた。
坑夫に麻薬を打っていた雇い主さえいた。
痴情のもつれから陰部にダイナマイトを突っ込まれ爆死した女坑夫も。

一つひとつの地獄のエピソードに気分が悪くなるほどだった。
けれどこの南の島でかって本当に行われていたことだ。
三木さんは心底情に厚い人。
島に埋もれた坑夫たちの怨念を放ってはおけなかった。
どうしてわたしはこれまで西表島と聞いて炭坑を連想できなかったのだろう。
負の遺産として隠されてきたからなのか。
けれど真実は掘り起こされなければならない。
人は人にこのようなひどい仕打ちができるということを忘れてはいけない。
三木さんのようなジャーナリストに会えたことは、
わたしがニューカレドニアとかかわって素晴らしかったことの一つだ。
今年77歳の三木さん。今もまだ精力的に活躍中だ。

※西表炭坑には1936-1937年(昭和11-12年)の最盛期に各地から1400名の労働者が集まり、
年間12-13万トンの石炭を産出していたが1960年に廃坑となった。
(ウィキペディア参照)

img207.jpg聞書西表炭坑 -
聞書西表炭坑 -
posted by 理乃 at 22:24| Comment(0) | ★図書室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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