2017年05月02日

『アメリカ・エスニック紀行』三木健

この本はニューカレドニアで三木さんからいただいたものだった。
1990年に三木さんはアメリカ国務書省の
「インターナショナル・ビジター・プログラム」の招きでアメリカ縦断旅行をした。
その旅の記録だ。

三木さんの旅の目的は多民族社会を考えるというもの。
沖縄人である三木さんは日本の多民族国家観に疑問を持ち、
沖縄に多民族社会のモデルを築けないかと思い、
参考となるアメリカを旅した。
「インターナショナル・ビジター・プログラム」をサポートしてくれるのは
民間のボランティアの方々。
そこにアメリカの精神文化を感じている。

ワシントンDCから始まり、ニューヨーク、フロリダ、
ミシシッピ、ロッキー、シアトル、サンフランシスコ、ハワイと、
三木さんと旅ができる。
三木さんが必要とするもの、
見たいものを見せてくれるこのプログラムは、
なんとすばらしいものだろう。
そこで沖縄移民や先住民族、カウボーイたちと触れ合い、
国連本部、ローカル新聞社などを訪ねる。

わたしが一番感動したのは前に読んだ『沖縄ひと紀行』で紹介されていた
三味線奏者山入端つるさんのお兄さんの山入端萬栄さんの娘のマリアさん
と孫のエリザベスさんに再会するくだり。

沖縄本島屋部村の山入端萬栄さんは1907年にメキシコに炭坑移民として移住した。
弟たちは大阪などへ出稼ぎに出、妹たちは遊郭に身売りされた。
メキシコに渡った萬栄さんはメキシコ革命に巻き込まれ、
革命軍に銃殺されかけたところをなんとか助かりキューバに亡命。
そこでドイツ大使館の運転手となり職員のドイツ人女性と結婚。
そしてマリアさんが生まれる。
マリアさんはキューバ人と結婚。
やがてキューバでも革命が起き、萬栄さんはそのころ死去。
マリアさんは二人の娘と革命の嵐を逃れドイツへ、
そしてスペインへ渡る。その後マイアミに移住した。

この山入端一族の物語『眉屋私記』は上野英信が書いている。
三木さんはこの本の解題を執筆している。
マリアさんと娘は父萬栄の生地を訪れ、
そこで三木さんと会った。
なんという物語だろう。
萬栄さんのお墓はキューバと沖縄にあるという。
マリアさんのお母さんの墓は海に散骨したのでない。
それはお母さんの意志によるものだったという。
萬栄さんのお墓がキューバと沖縄にあるから、
海に散骨すれば海によって結ばれるからと言ったという。
なんていう深い愛・・・。

本に掲載された1990年の三木さんは今より恰幅がいい。
そしてこの旅は実に精力的なものだ。

実は三木さんから、もうすぐ新しい本が届く予定になっている。
今度の本はわたしにも多少かかわりのあるものだ。
今はそれを心待ちにしている。

アメリカ・エスニック紀行―沖縄記者の大陸感情ルポ1990 -
アメリカ・エスニック紀行―沖縄記者の大陸感情ルポ1990 -
posted by 理乃 at 12:26| Comment(0) | ★図書室 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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