謝国明は13世紀、鎌倉時代中期の人。
南宋出身の博多綱首でした。

博多綱首とは博多の唐人街に住み、
船を所有して貿易をした宋人のこと。
その墓を大楠が取り込み、大楠さまと呼ばれています。

今でも地域の人々によって慰霊祭が行われているのは謝国明が博多の人々の恩人だから。
聖一国師をサポートして承天寺を建立したり、
凶作で餓えた人々にそばがきを振る舞ったりしたといいます。
出来町通り沿いの承天寺近くの分境に灯明が飾られ、
承天寺の住職らが読経、
お参りの人々もお焼香をしました。
横手ではお茶と甘湯とそば饅頭、そばの振る舞いもあり、
参拝した人々は座ってごちそうになりました。
