2019年07月15日

筑紫万葉の故地をたずねて@香椎潟万葉碑

6月4日にあった古都大宰府保存協会の会員日帰り研修。
令和改元記念ということで、
森弘子先生のご案内で万葉歌碑を訪ねました。
まず最初は香椎宮頓宮の万葉歌碑から。
香椎宮は古代には神社ではなく霊廟として仲哀天皇・神功皇后の神霊を祀り、
香椎廟などといわれていました。
そのため以前の社格は官幣大社でした。
今も勅祭社として10年に一度、
天皇から派遣されたた勅使が奉幣を行います。
香椎宮から西に伸びる参道は勅使道と呼ばれます。

20190604_093327 - コピー.jpg

古くは勅使参向と神幸式の時のみに使用されたといいます。
勅使道は見事な楠の並木道。
これは大正15年(1926年)に楠の苗木が奉献されて整備されました。
勅使道の先には神功皇后ゆかりの地という御島神社があり、
そばに浜鳥居が建てられています。
かつての海岸線は頓宮付近にありましたが今は埋め立てが進んでいます。
頓宮(神幸式の際の神輿の仮宮)は
鹿児島本線の勅使道踏切付近の丘にあります。
この頓宮境内に万葉歌碑があり、
神亀5年(728)の万葉歌3首が三条実美の揮毫で明治21年(1888)に建立されています。

20190604_090440 - コピー.jpg

大宰帥大伴旅人、大宰大弐小野老、豊後守宇努首男人(うぬのおびとおひと)の三人が
香椎宮へ参拝し、
その帰りに香椎潟に駒を止めて歌を詠みました。
※『万葉集』巻6・957〜959。

「いざ子ども 香椎の潟に 白妙の 袖さえぬれて 朝菜摘みてむ」(大伴旅人)
〜さあみんな、香椎潟で着物の袖まで濡らして朝餉の海藻をつもう〜

「時つ風 吹くべくなりぬ 香椎潟 潮干の浦に 玉藻刈てな」
(小野老)
〜風が吹きそうになった。香椎潟の干潮の浦で、海藻を刈ろう〜 

「往き還り 常にわが見し 香椎潟 明日ゆ後には 見む縁も無し」(宇努首男人)
大宰府の生き返りにいつも見ていた香椎潟だが、明日からは見ることもないだろう〜
ラベル:万葉碑 大伴旅人
posted by 理乃 at 14:58| Comment(0) | 福岡市東区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: