2019年07月16日

筑紫万葉の故地をたずねてC休暇村志賀島の万葉歌碑

志賀島第5号万葉歌碑は
北の端にある休暇村志賀島の敷地内(駐車場脇)にありました。

20190604_120705 - コピー.jpg

「大船に 小船引きそへ かづくとも 志賀の荒雄に かづきあはめやも」(巻16・3869)

〜大船に小船を加えて海の中を探しても、
志賀の荒雄に会えるだろうか、いや、会えはしない〜

これには志賀島の荒雄の悲しい物語が秘められています。
奈良時代、大宰府が対馬の防人に食料を送る船の船頭となった
宗形部津麻呂(むなかたべの つまろ・宗像郡の民)。
しかし老齢のため志賀の白水郎(あま・漁師)荒雄(あらお)に
かわってもらいました。
ところが途中、暴風雨に遭って荒雄は亡くなります。
その悲しみを山上憶良が詠んだと伝えられています。
志賀島にある万葉歌碑10基のうち3基が
荒雄についての歌です。

20190604_121933 - コピー.jpg

20190604_120558 - コピー.jpg

posted by 理乃 at 00:34| Comment(0) | 福岡市東区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: