2020年12月05日

2020.12.3 糸島歴史探訪A金龍寺

怡土城跡碑の近くにある金龍寺。

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そのたたずまいの立派なことにまず驚きましたが、
その歴史の深さにもっと驚きました。
太宰府ともゆかり深いお寺でした。
原田家菩提寺、黒田家准菩提寺とあります。

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建立されたのは永正5年(1508)。
高祖城城主原田興種公が父原田弘種公菩提のために建てました。
ここもまた怡土城跡の土塁上にあります。
す。
大蔵朝臣原田家は漢の高祖劉邦を始祖となし
80代信種まで続きましたが
豊臣秀吉の九州征伐の際に反抗して滅亡しました。
大蔵の名前を承り、
大蔵春実は藤原純友の乱で功をなし
太宰少弐筑前守に任ぜられています。
基山の椽城にいましたが筑紫郡原田に城を築き
原田と姓を改めました。
後に那珂川町城山に岩戸城を築き、
種村は刀伊賊と戦っています。
種直は安徳天皇を居城に迎え安在所としました。
種直は平家滅亡の後。高祖に城を築きます。
種照は文永11年に高句麗蒙古の昆成軍28000人と
筥崎浜で戦い戦死。
種之、種房兄弟は弘安4年、
再び襲来した14万人の大軍を今津浜で戦いました。
こうしてみると古代から続く原田家の歴史に唖然とするばかりです。

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高祖山を借景にした見事な庭があります。

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面白い剪定

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*境内の由緒書参照
posted by 理乃 at 12:08| 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする