2016年12月13日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅P首里城跡

ついに沖縄の記録、ラストです。
やるべきことを済ませ、最後の観光は首里城を選びました。

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案内は元琉球新報社の三木さん。
イヴァンファミリー、シネマ沖縄の会合に出席していた人も数人加わり出かけました。

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首里城は琉球王朝の王城でした。でも1945年の沖縄戦で破壊されました。

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1992年に正殿などが復元し、2000年に世界遺産に登録されています。
最古の遺構は14世紀末のもの。
歩いてみると、やはり本土の城とは異なります。

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中国の城の影響を受けて門や建物は漆で朱塗りされているのが特徴。
いろんなところに国王の象徴の龍が飾られています。

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城郭は琉球石灰岩。第二尚氏王朝時代に造られた外郭と、
第一尚氏王朝時代に造られた内郭の二重の城壁で囲まれています。

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首里城は政治の拠点であると同時に琉球有数の聖域であります。

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本土とは随分違う言葉。異質な建物。
沖縄はやはり独特だと城を見ても思います。

これでわたしの二泊三日の短いけれど、濃密だった沖縄の旅も終わりました。

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一緒に沖縄のいろんなところに行ったイヴァン。
お迎えまで来ていただき、シネマ沖縄の人々にも紹介してくれ、
おまけに観光案内までしていただいた三木さんに感謝!
別れ際イヴァンは泣いていました。
今回はカナさんが倒れるという大変な事態もあったことだし。
でもまたいつかきっと会えるでしょう。
沖縄へ行くならニューカレドニアの人々と一緒にと思っていた、
わたしの初めての沖縄の旅は念願が叶いました。
関わったすべての人々にお礼を言いたいと思います。

さよなら沖縄。そしてまたね!沖縄!

 ※ウィキペディア参照
posted by 理乃 at 02:32| Comment(0) | 沖縄県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月06日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅Nシネマ沖縄主催のパーティー

24日、シネマ沖縄のパーティーに参加しました。
シネマ沖縄は来年夏の公開を目指し、
ニューカレドニア移民の歴史と父親と引き裂かれた
沖縄県民の2世、3世のドキュメンタリー「ニューカレドニアからのマブイぐみ」を制作中です。
監督は本郷義明さん。
監修は沖縄ニューカレドニア友好協会顧問の三木健さん。
マブイとは魂のこと。
会場となった「レガロ」のオーナーもニューカレドニアに親戚がいます。

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タクシーで向かいましたが、住宅街の中でタクシーの運転手さんも迷っていました。
会場には映画関係者が顔を揃えていました。
それぞれがこれまでの経緯、映画に対する思いなどをスピーチ。

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シネマ沖縄は「ウチナーンチュ大会」の参加者の模様も撮影。
イヴァンの家族のお墓参りも撮影されました。
来年の公開が待ち遠しいです。
会場の「レガロ」はおしゃれなレストラン。お料理もとってもおいしかったです。

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2016年11月29日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅M那覇国際通り

ホテルアベストに泊まった翌日の朝、
その時間を逃すともうチャンスがないのでお土産を買いに出かけました。

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すぐそばが「わしたショップ」でラッキー。

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店頭にはフレッシュなトロピカルフルーツがいっぱい。

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朝ごはんにマンゴー果実のスムージーをいただきました。

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あれこれお土産を買い込みました。

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そしてホテルに戻り、
ニューカレドニアのお土産やら持ちきれないものは宅急便で送る手配をしました。
スーツケースは夕方まで預かっていただき、
この日のメインイベントの会場までタクシーを飛ばしたのでした。
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2016年11月28日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅Lホテルアベスト那覇国際通り

23日に宿泊したホテルは那覇の国際通りに面した「ホテルアベスト」。
こじんまりして快適。

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当初は「ウチナーンチュ大会」のパレードを見る予定だったので、
ここにしたのです。

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ホテルを出ると、そこは国際通り。
「わしたショップ」も近くにありとても便利でした。
ずっと体調不良のわたし。
真夜中にマッサージを頼みました。
夜中の12時に扉を開けると、そこにはおばあがいました。
宮古島出身というおばあは1時間マッサージをしてくれました。
なんとか体力を持ち直し、次の日に備えることができたのでした。
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2016年11月27日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅Kカナさん倒れる

23日、那覇に戻るまで名護と近辺の観光に連れて行っていただいた
イヴァンファミリーとわたし。
那覇への長距離バスに乗り込もうと急ぎました。
那覇行きは大きなバスターミナルの一番端。
出発時刻にバスターミナルに到着したわたしたちは
バスが待機しているところへ急ぎました。
早足で行き、荷物を積み込んだところで
バスは出発時間をオーバー。
運転手は怒っていました。
やっとバスが出発し、ターミナルを出て信号待ちしているときに異変が!
なんと89歳のカナさんが意識を失っていました!
「運転手さん止めてください!。意識がありません!」
と、迷惑顔の運転手。なんとバスを降りてと言うのです。
意識を失っているのに!
男性陣がカナさんを抱えて下ろし、
歩道に寝かせて救急車を呼びました。
救急車の指示通り、頭を水平にして寝かせて待ちました。
カナさんは死んだように蒼白。
「息をしているか確かめて!」とわたし。
なんとかかすかに息だけはしているので人工呼吸はしなくてよさそうでした。
救急車が到着して、わたしが付き添いで乗り込みました。
これまでの病歴など、いろいろ説明をしなければなりません。
到着した病院でも付き添い、処置をする横で説明します。
実はカナさんは心臓の弁に問題を抱えているのですが、
強い薬を胃が悪くなるからと飲むのもやめ、
手術も拒否していたらしいのです。
目を閉じたままのカナさんに気が気ではありませんでした。
やがて指が動き、次第に意識を取り戻したカナさんにほっとしました。
これから血を取ったり、
レントゲンを撮ることなどをカナさんにも説明しなければなりません。
医師といっしょにレントゲン室に入り、
「息を吸って、止めて」などをフランス語で伝えます。
処置のおかげでなんとか持ち直したカナさん。
処置室から出てきたカナさんの姿にみんな安堵しました。
その晩はカナさんとあと二人は名護のホテルに泊まり、
残りは各駅停車のバスに乗って那覇に戻りました。
カナさん一行も翌日タクシーに乗って、
那覇のホテルまで戻ってきました。
暑かった一日。
高齢の女性に数カ所の観光は苛酷でした。
でも快復して本当によかった。
こうして大変な一日を乗り切ったのでした。
わたしは泊まった那覇のホテルで真夜中、マッサージを頼み、
自分自身もなんとか翌日に備えることができたのでした。
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2016年11月26日

【2016.10.22−24沖縄:再会の旅J居酒屋ゆきの】

たっぷり満喫した沖縄観光、
帰りのバスに乗り込む前のお昼ごはんは「ゆきの」という居酒屋。

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安くて、美味しくて、ボリューミーということで大変な人気。
土地の人も観光客も押し寄せ、とにかく混んでいます。
メニューは沖縄名物をはじめ、とっても豊富。
どれを頼もうか、迷うことしきり。
定食だけでもすごい、丼もの、寿司、刺し身。。。
わたしはあっさり沖縄そば。

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中の沖縄かまぼこが美味しかったので、、また食べたいな。
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2016年11月23日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅Iジュゴンの棲む大浦湾

久しぶりの沖縄旅行記です。
西海岸から東海岸へ向かって出たところは大浦湾でした。

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瀬嵩の久志郵便局のあたりから、木のトンネルを抜けた出た大浦湾。

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ジュゴンが見られるという海域です。
対岸には言わずと知れたキャンプ・シュワブ。

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海辺の植物が生い茂り、海岸には珊瑚のかけらが山積みに打ち寄せられていました。

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もうほとんど見ることのできないジュゴン。。。
守るべきは沖縄の生物。そして自然。。。
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2016年11月04日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅H西海岸から東海岸へ

絶景の古宇利島を見たあと、
わたしのお願いで東海岸へ行ってもらいました。
西海岸から東海岸まで山越えをしました。
南洋杉を見つけて驚きました。

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どこまでニューカレドニアにそっくりなのでしょう!

やがて車は羽地(はねじ)ダムに架かる橋を越えて行きました。

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水不足で悩んでいた沖縄の渇水対策で作られたダムです。

ダムを通り越すと天然の水が取水できるところがありました。

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いつもは車が列をなして給水しているらしいのですが、
この日はわたしたちだけ。
フレッシュで美味しい水でした。
そしてなんと巨大シダまで見つけました!

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沖縄とニューカレドニアはまるで双子のよう。
その相似性に本当に驚かされました。
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2016年11月03日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅F古我知焼

民泊の仲村さんは、すてきな窯元へ案内してくれました。
古我知焼(こがちやき)です。

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喜納(きな)・知花(ちばな)・湧田(わくた)・宝口(たからぐち)などと共に、
沖縄の古窯のひとつ。

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1800年代初めから途絶えていたものを、
1974年に仲宗根隆明さんが登り窯を構えて復興しました。

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今では仲宗根さん夫妻と娘の志野さんの三人でで暮らしの器を生み出しています。

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お邪魔した窯元にはあふれるほど作品が展示されていました。

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日々使える器がいっぱい。
渋さ加減もいいし、色彩もいい。

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小さな器から大きな器まで、いいものがたくさん並んでいました。

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これは骨壷


※沖縄CLIP参照
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2016年10月30日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅E古我知ロード

22日古我知にある民泊、仲村さんの家に泊まった次の日、
仲村さんはドライブに連れて行ってくれました。
仲村さんの家の玄関には仲村さんが海で拾ったシーグラスで作った作品が飾られていました。

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車は田舎の細い道を進んでいきました。
観光客のこない農業ロード。
あたりにはトウモロコシやウコンの畑。

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二期作のお米も収穫期を迎えていました。
パパイヤやバナナ、パッションフルーツが普通に道端にあるところも
ニューカレドニアにそっくり。

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2016年10月29日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅D民泊でクチュム

沖縄で最初に宿泊したのはニューカレドニアに親戚がいる仲村さんの民泊でした。
赤い瓦の木造建築。

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オブリ家だけではなく、
名護に親戚がいるほかの家族も集まってバーバキューをしました。

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伝統的な沖縄舞踊を踊っていただき、
ニューカレドニアのメンバーは歌って踊りました。

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ニューカレドニアのカナックは最初の訪問の際は
クチュムという伝統的な儀式を行いますが、
ここでもそれを行いました。

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ニューカレドニアと同じ花が咲き、
鬱蒼とした奥の山は南国そのもの。。。

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2016年10月27日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅B喜吉さんの住居跡

喜吉さんのお墓参りをしたあと、
喜吉さんが暮らしていたという住居跡に寄りました。

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今は何もないまっさらの地。
沖縄側の親戚のIさんは喜吉さんのことを覚えていて、
いつも後ろ姿が寂しそうだった。
ニューカレドニアに残してきた妻子のことを思っていたんだろうと語りました。
何も残ってないかと思っていたら、
奥に喜吉さんが水を汲んでいた井戸がありました。
井戸のそばにいるのは喜吉さんの孫のロズメとひ孫のグウェナエル。

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傍らにニューカレドニアでも見た南洋桜が咲いていました。

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2016年10月26日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅@喜吉さんのお墓参り

「ホテルゆがふいん」での会食のあと、
オブリ家(カナさんの一族)の人々はカナさんのお父さんの喜吉さんのお墓参りをしました。
オオシマゼミが鳴く墓地、
そのお墓は沖縄特有の形をしていました。

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カナさんは喜吉さんのお墓の前で祈っていました。
あとで聞いたのですが、
この時、カナさんが喜吉さんに語りかけると、
喜吉さんは背を向けたそうです。
そして悪いことが起こるけど、それは心配しなくていいと言ったというのです。

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カナさんの妹のオディルは涙が止まらず、
おじいさんのお墓に取りすがっていて、
その姿を見て、わたしたちも胸がいっぱいになりました。
戦争で引き離された家族。
生きて会うことは叶わなかったカナさんと喜吉さん。
喜吉さんの魂はここにあり、今でも娘のことを心配しているのでしょうか。
わたしは沖縄の人々とニューカレドニアの人々の家族を思う強い気持ちを感じていました。
posted by 理乃 at 21:45| Comment(0) | 沖縄県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月25日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅@

10月22日から2日まで初めて沖縄へ行ってきました。
10月26日から30日まで、
世界中の沖縄系移民の子孫が一斉に集まる「世界ウチナーンチュ大会」に、
ニューカレドニアからも約60人が参加するので、
懐かしい友人たちに再会するためでした。

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飛行機が那覇空港に到着すると、
ニューカレドニアの沖縄系移民の親戚探しに
多大な貢献をした元琉球新報の記者の三木さんが迎えに来てくれていました。
三木さんとも2012年にニューカレドニアであった
日本人移民の120年祭でお会いして以来です。
それから彼らが泊まっているホテルに行き、感激の再会をしました。
みんな4年前と変わりありません。とっても陽気で気さくなまま。

その後、名護に親戚のいるグループで高速バスに乗って
「ホテルゆがふいん」に向かいました。
ここで祖先の地にそれぞれ向かう前に、
彼らを迎え入れる親戚と関係者が一同に集まる食事会がありました。
「ゆがふいん」とは、世果報(ゆがふ)と宿という意味のinnからなる言葉。
世果報とは、この世のよきことすべての意。

懐かしい面々がたくさん集まっていました。

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120年祭に名護市からいらっしゃった訪問団のみなさん。
大学の先生や通訳の方。
現在、ニューカレドニアの沖縄系移民のドキュメンタリー映画を撮影中のスタッフの方。。。

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このテーブルは今回わたしが同行した家族。
手前右がわたしがニューカレドニアに行ったときの
ニューカレドニア沖縄友好協会の会長だったイヴァン。
わたしが肩を抱いているのはイヴァンのお母さんのカナさん。
カナさんのお父さんの喜吉さんに対する強い思いが、
一族を沖縄へと結びつけました。
カナさんは14歳の時に戦争のために父親を連れて行かれ、
その後会うことは叶いませんでした。
今、カナさんは89歳。
親族すべてに愛され、大事にされています。

ホテルのバイキングをいただいたあとは、
各ブループ親戚のいる地域へと散っていきました。
ラベル:沖縄
posted by 理乃 at 20:18| Comment(0) | 沖縄県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年04月26日

沖縄ニューカレドニア友好協会福岡支部長となる

Le 19 avril,
j'ai été nommé responsable de la branche de Fukuoka,
l'Association Okinawa Nouvelle-Calédonie.

4月19日、沖縄ニューカレドニア友好協会福岡支部長となりました。
今は沖縄ともニューカレドニアとも遠いところにいるけれど、
何かの機会にお手伝いできる日が来ればいいなと願っています。
posted by 理乃 at 18:41| Comment(0) | 沖縄県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする