2019年08月24日

崇福寺山門特別公開

今日は黒田藩の菩提寺、崇福寺山門の特別公開の日でした。
正午から先着50人対象というので1時間あまり前に行ったら、
なんと一番乗りでした。
4人ずつ山門内部に上がることができました。

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階段はかなり急です。
中は意外に広くびっくり。

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かつて福岡城の本丸表御門だったものを移築しています。
如意輪観音の姿の美しさに感動。

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平安後期の作で空海のものとも伝えられています。
黒田官兵衛と長政はキリシタン大名だったので、
十字架が刻まれた屋根瓦も展示されていました。

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奥にある黒田家墓所もお参りしてきました。

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2018年08月29日

百年前 博多っ子が描いて夢野久作が集めた自由展

31日まで博多区下呉服町の高橋家住宅(登録有形文化財)で開催されている「
百年前 博多っ子が描いて夢野久作が集めた自由展」に行ってきました。

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昔ながらの博多の道幅が残っている地域にある
かつてお菓子を製造販売していた住宅です。

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頃は大正デモクラシーの時代。
九州日報(西日本新聞の前身)の記者だった夢野久作は
コンクールの選外作品から独自の審美眼で200点を選んで保管していました。
当時導入された自由に絵を描くという自由画で、モチーフはさまざま。
画材は当時国産され初めたクレヨン。
どの絵も自由で、のびのびして、色彩豊かで、見ていて気持ちがほぐれていき、見飽きません。

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すべての作品は会場に設置されたビデオで見ることができます。
主催は地域おこし団体「ハカタ・リバイバル・プラン」。

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古き博多が残る旧下堅町にこの機会に訪れてみませんか?

◆高橋家住宅:博多区下呉服町8-246
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2018年08月23日

謝国明の慰霊祭 8月21日

8月21日、謝国明の慰霊祭に行きました。

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謝国明は13世紀、鎌倉時代中期の人。
南宋出身の博多綱首でした。

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博多綱首とは博多の唐人街に住み、
船を所有して貿易をした宋人のこと。
その墓を大楠が取り込み、大楠さまと呼ばれています。

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今でも地域の人々によって慰霊祭が行われているのは謝国明が博多の人々の恩人だから。
聖一国師をサポートして承天寺を建立したり、
凶作で餓えた人々にそばがきを振る舞ったりしたといいます。
出来町通り沿いの承天寺近くの分境に灯明が飾られ、
承天寺の住職らが読経、
お参りの人々もお焼香をしました。
横手ではお茶と甘湯とそば饅頭、そばの振る舞いもあり、
参拝した人々は座ってごちそうになりました。

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2018年08月16日

大人の夏の宵のお楽しみ「信州そば むらた」

お盆の最中、アジ美へ行った帰り、
友人たちと博多の銘店といわれる「信州そば むらた」へ行きました。
わたしはごぼ天の小をチョイス(650円)。

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引き締まった茹で加減の細めの蕎麦に
いいお出し。さすが!
連れは「かぼす蕎麦」。

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かぼすの並べ方の美しいこと!
かぼすのエキスが浸透した爽やかな冷蕎麦。
とろりとろける「蕎麦プリン」が目に入ったからには
いただいておかねばでしょう。

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これもしつこくなく最高。
トッピングの蕎麦の実フライも美味でした。
「モッツアレラのかえし漬け」というものも、
お相伴に預かりました。日本酒飲みたかった・・・。
思いがけないすてきな夏の宵となりました♪

※「信州そば むらた」楠田神社参道
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2018年05月02日

昭和の福博 博多町屋ふるさと館

博多町屋ふるさと館で北島寛の写真展をやっています。

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懐かしい写真というと井上孝治を思い出しますが、
北島寛の子どもへの眼差しもいいですね。

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重いです。

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博多町屋ふるさと館から人力車も出ています。
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2018年04月29日

パン屋のぺったん

4月15日の龍宮寺の荒神の市で存在を知った「パン屋のぺったん」。
櫛田神社の表参道沿いにあります。
古いビルの一階。
レトロな味を醸し出している外観。

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ショーケースに並ぶ小さなドア。
たぶんドアが開いているところがその日あるパン。

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中に入ると通常のパン屋さんとは大違い。
パンが美しくディスプレイされていて、
それを見てオーダーする対面式。

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迷います!
どれも買いたくて。
まずはラブリーな「パーマネントさん」。

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ソーセージが真ん中にどーんとある食事パンです。
そして「丹波の黒豆」。

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細長くぎっしりと黒豆が詰まってます。
一番好きだったのは「ドライなとまとくん」。

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中にはクリームチーズとトマトが入っていて、
バリ美味しい!
リピート必須のパン屋さんでした。
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2018年04月16日

龍宮寺:荒神の市

昨日は博多東長寺前の龍宮寺の一年に一度の荒神の市の日に出かけました。

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荒神の市は境内の三宝荒神堂のご開帳に合わせたイベントで、
若い方が主催しているので、境内はお寺にもかかわらず若い人で大賑わいでした。

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遺影撮影というのも評判に。
三宝荒神堂では写仏が行われていて、人魚の図案もありました。

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このお寺人魚伝説があるので、博多のお寺の中でも大好き。
お守りも人魚の図案でプリティー。

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博多張子の乙姫だるまもとってもキュート。

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境内にはパン屋、オリーブ油屋、古本屋、野菜などの露店も出て活気がありました。
ライブもやってました。

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さて、人でごった返す屋外を去って、わたしが目指したのは本殿です。
許可を得てから建物の二階の本殿に上がりましたが、
誰もいませんでした。
龍宮寺には鎌倉時代に人魚が捕えられて埋葬されたという伝説が残っています。
創建時代は袖の港の海辺にあって浮見堂と称呼ばれていました。
貞王元年(1222年)、漁師の網に八一間(147メートル)とも伝えられる巨大な人魚がかかって、
報告を受た勅使、冷泉中納言がやってきて浮御堂に滞在。
占い博士、安部大富(あべのおおとみ)が占うと、
「国家長久の瑞兆」と出たので人魚を浮御堂の地に葬りました。
人魚は龍宮の使いなので寺の名を龍宮寺、勅使冷泉中納言にちなんで冷泉山と名付け、
このあたりの海を冷泉の津というようになったそうです。

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普通は公開はされていませんが、今も人魚の骨と江戸時代に描かれた人魚の掛け軸があります。
明治まで、縁日にはこの人魚の骨をタライに入れて水を張り、
不老長寿、無病息災に霊験ある水として参拝者に飲ませていたということです。
荒神の市には公開されてるはずとにらんだとおり、
そこにありました。

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※博多の魅力HP参照
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2018年02月02日

博多節分 櫛田神社

昨日、博多に用事があって行ってきました。
ついでにお櫛田さんへ。
明日の豆まきに備えて準備がされてました。
正面と北神門のおたふく面を見ました。

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日本一大きなお多福面だそう。

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明日の豆まきには博多座で公演中の中村勘九郎、七之助、扇雀も登場します。
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2017年07月21日

県庁11階 物産観光展示室「福岡よかもんひろば」

昨日、初めて「福岡よかもんひろば」を覗いてみました。
眼下に東公園がよく見えます。

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九州の祭りのタペストリーがありました。

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8月25日まで企画展『わくわくしたい?それなら、おおむた♪』を開催中。
「カルタックスおおむた」からはNHK大河ドラマ『真田丸』で使われた「天正カルタ」も展示。

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「よかもんカフェ」ではリンクしてスコップ型スプーンで食べる炭坑カレー(黒くはない)もありましたよ。
8月31日まで、入江千春さんの「あかり絵の世界」もやってます。

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2017年06月05日

吉塚商店街 sweets&cafe mimi

吉塚商店街歩で見つけたケーキ屋さん。
小さなサイズのチーズケーキとチョコレートケーキがありました。

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普通サイズはいらない。
小さいのがあったら食べてもいいなってときにぴったり。
味もグッド。
イートインもありました。

場所はセブンイレブン裏のパーキングから吉塚商店街に歩いてすぐ。
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2017年06月04日

千代森神社

妙見交差点の地図を見ているとき、いつも気になっていた千代森神社(博多区千代)。
仕事で前を通りかかったので寄ってみました。

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中にはお稲荷さんと
妙見菩薩、天御中神、北極星を祀った北辰宮、
菅原道真を祀った二十五社天満宮があります。
妙見という地名の由来は妙見菩薩から来ていたのですね。
ふーむと納得。
今も、妙見交差点は六角となっていてますが、
昔は7本の道が合流して七ヶ辻と呼ばれていたそう。
一歩中に入るにはミニサイズの太鼓橋を渡りますが、
川はありません。

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由緒書きによると鎌倉時代は松の木以外の樹木が一本もない
「千代の松原」という風光明媚な海岸だったそう。
千代という地名もここからきているのでしょう。
領主が社殿を建てて地主神として「妙見様(北極星)」をお祀りしたのが興り。
戦国時代は大友氏の戦乱で社殿は焼失。
元禄時代、福岡黒田藩の奉行、平井勘太夫重勝の頃、社殿を再興。
宝永年間に稲荷神社を建て妙見社は相殿に祀られるようになりました。
二十五社天満宮は、博多中石堂町(現在の中呉服町)にあったのを幕末に移され、
大正4年、周辺にあった小社を合祀して千代森神社になりました。
このあたりの歴史がぎゅうっと詰まった神社でした。

お稲荷さんの狛狐は摩耗もあってか忠犬のような感じ。

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欠けている部分は補修されて、大事にされています。

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右手に参拝用の駐車スペースあり。
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2017年06月03日

十日恵比須神社

東公園の十日恵比須神社の手水舎の水盤には鯛がいました。

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そして鯛の形のおみくじもあります。

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裏道に参拝のための駐車場があることを発見。
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2016年09月20日

2016.9.11柳川秋旅A沖端町並み

柳川秋旅Aです。
お仕事終わって、お茶するつもりで、沖端までタクシーを飛ばしました。
その前にちょっと散策。
古く落ち着く町並みです。

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「River Flow」でお茶するはずが。。。
また次の機会に。。。

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うなぎの「福柳」。

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民芸茶屋「六騎」。

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立花藩別邸御花。

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酒屋さんで「電気ブラン」を見つけました。

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えびすさん。

おせんべい屋さんの前を通りかかったところ、
川下りを勧められ、まったくその予定はなかったのですが、
タクシーをとめるように船をとめられ、
そのまま乗船することになったのです。
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2016年09月15日

2016.8.25大浜流灌頂の夜I白糸姫

やっとやっと大浜流灌頂の夜のラストにこぎつけました。
この白糸姫の物語を最後にしたのは、もっとも悍ましい絵だからです。
これほどのスプラッター・ムービーのような惨劇が描かれた絵が公道を飾っているなんて、
これが武者絵でなければ許されないのでは?!
なにせ、人が切り刻まれてます…。怖すぎ。
さあ、ではどんな場面なのでしょう?

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絵の右上の説明書きによりますと白糸姫とは結城持朝(ゆうきもちとも)の娘らしいです。
結城持朝は15世紀、室町時代の武将。下総の国の城主。
あるとき、白糸姫は妖怪に攫われてしまいます。
妖怪とは絵からすると狒々でしょうか。
結城持朝は健康な郎党を連れて船越山に姫を探しに行きます。
けれども姫の行方は知れず、やがて日が傾き、
山に霧が立ち込めます。
向こうに楼閣が霞んで見えたので、
持朝は谷に降り崖をよじ登りました。
楼閣にたどり着くと、そこに白糸姫の姿がありました。
白糸姫を救い出そうと、矢を数十本射ますが、
妖怪はしぶとく悩まされている、という場面の図です。
切り刻まれているのは持朝の郎党なのか、
白糸姫以外の女たちもさらわれてきたものなのか、
それは分かりません。
子どものころ、闇夜に照らされたこの絵を見た博多の子どもたちは
どんなに怖かったことでしょう。
数々の武者絵に描かれた物語は、
江戸や明治の人々にはポピュラーなものだったのでしょう。
血みどろの合戦をした武者たちが生きた世界。
今の時代に生まれてよかったなと思いますね。
今年の大浜流灌頂では公民館の展示も含め9種の武者絵を見たわけですが、
これがすべてなのかは分かりません。
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2016年09月13日

2016.8.25大浜流灌頂の夜H小栗判官

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この絵は小栗判官(おぐりはんがん)のお話。
小栗判官は伝説上の人物。
妻の照手姫の一門に殺され、
閻魔大王の計らいで蘇り、姫と再会して一門に復讐するという話なのですが、
この絵はちょっと違います。
照手姫が仕えていた横山光秀は二人の子と諮り、
小栗判官を招いて毒を飲ませようとします。
しかし侍女がこれを察知して古い歌を歌って小栗判官に知らせます。
小栗判官は逃げて行きますが、
そんなこととは知らない横山氏は小栗判官の生死を見届けるために
小栗邸に行きますが、
そこで片岡兄弟が奮闘するという図です。
 ※ウィキペディア参照
posted by 理乃 at 20:55| Comment(0) | 福岡市博多区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月09日

2016.8.25大浜流灌頂の夜G尼ヶ崎合戦

【2016.8.25大浜流灌頂の夜G尼ヶ崎合戦】
本能寺の変で信長が討たれたことを知った秀吉は
中国から京へ急ぎます。
明智光秀は秀吉が来ることを予想し、
四天王但馬守らに待ち伏せさせます。
尼崎に差し掛かった秀吉を四天王らが襲います。
この絵は加藤清正が四天王と戦っている様子です。
秀吉は画面左手に逃げて行っています。

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2016年09月07日

2016.8.25大浜流灌頂の夜F義綱甲賀山立て籠もり

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天仁2年(1109)、河内源氏の棟梁の源義忠が暗殺され、
源義綱と弟義明がその暗殺犯とされました。
義綱は息子たちと共に甲賀山(鹿深山)へ立て籠もりました。
そこへ棟梁を継いだ義忠の甥の源為義が
白河院からの追討命令を受けて攻めてきます。
義綱の弟で真犯人の義光が為義の後押しをし
甲賀山を攻撃すると義綱方は敗退。
義綱は降伏しようと言い出します。
しかし、息子たちは納得できません。
嫡男義弘は父に切腹するように言い寄りますが、
父が従わないため義弘は父に範を示そうと
木から谷底に飛び降りました。
この後、次男義俊も投身自殺。
四男義仲は焼身自殺。
五男義範は切腹。
六男は義公は自害。
ただ一人残った義綱は大岡寺で出家し為義に投降。
三男義明も自害。
義綱は佐渡に流さます。
20年以上たった天承2年(1132)、
配流先の佐渡で再び為義の追討を受け自害。
その後、義忠殺害は冤罪であったことが判明しました。
※ウィキペディア参照
この絵では谷底に飛び降りる義弘が描かれています。
大浜流灌頂の夕闇も迫り、明かりが灯されています。
posted by 理乃 at 20:08| Comment(0) | 福岡市博多区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月06日

2016.8.25大浜流灌頂の夜E厳島の戦い

大浜流灌頂武者絵の読み解きです。
厳島の戦いは1555年10月16日、
厳島での毛利元就と陶晴賢(すえはるかた )との合戦です。

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陶氏は周防国守護代の大内家の重臣。
陶晴賢はその武勇で西国無双の侍大将と言われました。
でも独善的な性格が災いして大内家中で孤立。
果ては抑え込もうとした当主・大内義隆を討ち支配者に。
ところが同盟関係にあったはずの毛利元就に反旗を翻されます。
毛利家を討とうとしましたが、厳島にて敗北して自刃。
享年35。
この武者絵には毛利元就らしき人物の姿はありますが、
陶晴賢はおらず、間者がとらえられているようです。
posted by 理乃 at 21:33| Comment(0) | 福岡市博多区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月05日

2016.8.25大浜流灌頂の夜D石橋山の戦い

山笠の飾り山とか、武者絵とかは、恰好の歴史の勉強の材料になります。
さてこの武者絵は石橋山の戦いがモチーフ。

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石橋山の戦いって?
それは源頼朝が旗揚げした後、初めて平家と戦った戦いです。
頃は1180年。
場所は相模の石橋山。
どこ?
えー、今の神奈川県小田原市。
大庭景親(おおばかげちか)と戦かったのですが、負けるんです。
それからどうした?
山に逃げ込み追跡をかわし、船に乗って安房国(今の千葉県)に逃げるんです。
そして再び平家打倒を目指します。
再び頼朝が再挙して進軍すると、
多くの東国武士が我も我もと集って大軍に膨れ上がり、
鎌倉に入ります。
そして富士川の戦いで平氏に圧勝。
大庭景親は処刑されてしまいます。
人の世は移りゆくものですね。
この絵では大庭景親は左上に描かれています。
源頼朝はいないようで、
大木の木の洞に頼朝方の武士がとらえられているようです。
posted by 理乃 at 13:10| Comment(0) | 福岡市博多区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月04日

2016.8.25大浜流灌頂の夜C源頼光の酒呑童子退治

博多山笠の飾り山でも人気の源頼光。
この武者絵は酒呑童子退治です。
旧大浜公民館のみの展示でした。

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一条天皇の時代、姫君が次々と神隠しに遭います。
安倍晴明が占うと、大江山に住む鬼の酒呑童子の仕業とわかりました。
帝は源頼光と渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武による討伐隊を征伐に向かわせます。
頼光らは旅の者を装い鬼の城を訪ね、酒を酌み交わして話を聞きます。
最澄が延暦寺を建てて以来、鬼たちは行き場がなくなり、
大江山に住みついたということ。
頼光たちはは鬼に毒酒を飲ませ酔わせたのち、
寝ているところを首を切って成敗しました。
でも首を切られた後でも頼光の兜に噛み付いていたといわれています。
この絵は歌川国芳のオリジナルをヒントにしているのではと思います。
鬼から火を吹きかけられているのが源頼光、
その右で子分の鬼を押さえつけているのが卜部季武、
中央で鬼の腕を押さえているのは坂田公時、
その左でやはり腕を押さえているのが渡辺綱、
一番左にいるのが碓井貞光です。

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※ウィキペディア参照
posted by 理乃 at 16:50| Comment(0) | 福岡市博多区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする