2016年09月20日

2016.9.11柳川秋旅A沖端町並み

柳川秋旅Aです。
お仕事終わって、お茶するつもりで、沖端までタクシーを飛ばしました。
その前にちょっと散策。
古く落ち着く町並みです。

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「River Flow」でお茶するはずが。。。
また次の機会に。。。

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うなぎの「福柳」。

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民芸茶屋「六騎」。

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立花藩別邸御花。

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酒屋さんで「電気ブラン」を見つけました。

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えびすさん。

おせんべい屋さんの前を通りかかったところ、
川下りを勧められ、まったくその予定はなかったのですが、
タクシーをとめるように船をとめられ、
そのまま乗船することになったのです。
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2016年09月15日

2016.8.25大浜流灌頂の夜I白糸姫

やっとやっと大浜流灌頂の夜のラストにこぎつけました。
この白糸姫の物語を最後にしたのは、もっとも悍ましい絵だからです。
これほどのスプラッター・ムービーのような惨劇が描かれた絵が公道を飾っているなんて、
これが武者絵でなければ許されないのでは?!
なにせ、人が切り刻まれてます…。怖すぎ。
さあ、ではどんな場面なのでしょう?

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絵の右上の説明書きによりますと白糸姫とは結城持朝(ゆうきもちとも)の娘らしいです。
結城持朝は15世紀、室町時代の武将。下総の国の城主。
あるとき、白糸姫は妖怪に攫われてしまいます。
妖怪とは絵からすると狒々でしょうか。
結城持朝は健康な郎党を連れて船越山に姫を探しに行きます。
けれども姫の行方は知れず、やがて日が傾き、
山に霧が立ち込めます。
向こうに楼閣が霞んで見えたので、
持朝は谷に降り崖をよじ登りました。
楼閣にたどり着くと、そこに白糸姫の姿がありました。
白糸姫を救い出そうと、矢を数十本射ますが、
妖怪はしぶとく悩まされている、という場面の図です。
切り刻まれているのは持朝の郎党なのか、
白糸姫以外の女たちもさらわれてきたものなのか、
それは分かりません。
子どものころ、闇夜に照らされたこの絵を見た博多の子どもたちは
どんなに怖かったことでしょう。
数々の武者絵に描かれた物語は、
江戸や明治の人々にはポピュラーなものだったのでしょう。
血みどろの合戦をした武者たちが生きた世界。
今の時代に生まれてよかったなと思いますね。
今年の大浜流灌頂では公民館の展示も含め9種の武者絵を見たわけですが、
これがすべてなのかは分かりません。
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2016年09月13日

2016.8.25大浜流灌頂の夜H小栗判官

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この絵は小栗判官(おぐりはんがん)のお話。
小栗判官は伝説上の人物。
妻の照手姫の一門に殺され、
閻魔大王の計らいで蘇り、姫と再会して一門に復讐するという話なのですが、
この絵はちょっと違います。
照手姫が仕えていた横山光秀は二人の子と諮り、
小栗判官を招いて毒を飲ませようとします。
しかし侍女がこれを察知して古い歌を歌って小栗判官に知らせます。
小栗判官は逃げて行きますが、
そんなこととは知らない横山氏は小栗判官の生死を見届けるために
小栗邸に行きますが、
そこで片岡兄弟が奮闘するという図です。
 ※ウィキペディア参照
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2016年09月09日

2016.8.25大浜流灌頂の夜G尼ヶ崎合戦

【2016.8.25大浜流灌頂の夜G尼ヶ崎合戦】
本能寺の変で信長が討たれたことを知った秀吉は
中国から京へ急ぎます。
明智光秀は秀吉が来ることを予想し、
四天王但馬守らに待ち伏せさせます。
尼崎に差し掛かった秀吉を四天王らが襲います。
この絵は加藤清正が四天王と戦っている様子です。
秀吉は画面左手に逃げて行っています。

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2016年09月07日

2016.8.25大浜流灌頂の夜F義綱甲賀山立て籠もり

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天仁2年(1109)、河内源氏の棟梁の源義忠が暗殺され、
源義綱と弟義明がその暗殺犯とされました。
義綱は息子たちと共に甲賀山(鹿深山)へ立て籠もりました。
そこへ棟梁を継いだ義忠の甥の源為義が
白河院からの追討命令を受けて攻めてきます。
義綱の弟で真犯人の義光が為義の後押しをし
甲賀山を攻撃すると義綱方は敗退。
義綱は降伏しようと言い出します。
しかし、息子たちは納得できません。
嫡男義弘は父に切腹するように言い寄りますが、
父が従わないため義弘は父に範を示そうと
木から谷底に飛び降りました。
この後、次男義俊も投身自殺。
四男義仲は焼身自殺。
五男義範は切腹。
六男は義公は自害。
ただ一人残った義綱は大岡寺で出家し為義に投降。
三男義明も自害。
義綱は佐渡に流さます。
20年以上たった天承2年(1132)、
配流先の佐渡で再び為義の追討を受け自害。
その後、義忠殺害は冤罪であったことが判明しました。
※ウィキペディア参照
この絵では谷底に飛び降りる義弘が描かれています。
大浜流灌頂の夕闇も迫り、明かりが灯されています。
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2016年09月06日

2016.8.25大浜流灌頂の夜E厳島の戦い

大浜流灌頂武者絵の読み解きです。
厳島の戦いは1555年10月16日、
厳島での毛利元就と陶晴賢(すえはるかた )との合戦です。

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陶氏は周防国守護代の大内家の重臣。
陶晴賢はその武勇で西国無双の侍大将と言われました。
でも独善的な性格が災いして大内家中で孤立。
果ては抑え込もうとした当主・大内義隆を討ち支配者に。
ところが同盟関係にあったはずの毛利元就に反旗を翻されます。
毛利家を討とうとしましたが、厳島にて敗北して自刃。
享年35。
この武者絵には毛利元就らしき人物の姿はありますが、
陶晴賢はおらず、間者がとらえられているようです。
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2016年09月05日

2016.8.25大浜流灌頂の夜D石橋山の戦い

山笠の飾り山とか、武者絵とかは、恰好の歴史の勉強の材料になります。
さてこの武者絵は石橋山の戦いがモチーフ。

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石橋山の戦いって?
それは源頼朝が旗揚げした後、初めて平家と戦った戦いです。
頃は1180年。
場所は相模の石橋山。
どこ?
えー、今の神奈川県小田原市。
大庭景親(おおばかげちか)と戦かったのですが、負けるんです。
それからどうした?
山に逃げ込み追跡をかわし、船に乗って安房国(今の千葉県)に逃げるんです。
そして再び平家打倒を目指します。
再び頼朝が再挙して進軍すると、
多くの東国武士が我も我もと集って大軍に膨れ上がり、
鎌倉に入ります。
そして富士川の戦いで平氏に圧勝。
大庭景親は処刑されてしまいます。
人の世は移りゆくものですね。
この絵では大庭景親は左上に描かれています。
源頼朝はいないようで、
大木の木の洞に頼朝方の武士がとらえられているようです。
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2016年09月04日

2016.8.25大浜流灌頂の夜C源頼光の酒呑童子退治

博多山笠の飾り山でも人気の源頼光。
この武者絵は酒呑童子退治です。
旧大浜公民館のみの展示でした。

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一条天皇の時代、姫君が次々と神隠しに遭います。
安倍晴明が占うと、大江山に住む鬼の酒呑童子の仕業とわかりました。
帝は源頼光と渡辺綱、坂田公時、碓井貞光、卜部季武による討伐隊を征伐に向かわせます。
頼光らは旅の者を装い鬼の城を訪ね、酒を酌み交わして話を聞きます。
最澄が延暦寺を建てて以来、鬼たちは行き場がなくなり、
大江山に住みついたということ。
頼光たちはは鬼に毒酒を飲ませ酔わせたのち、
寝ているところを首を切って成敗しました。
でも首を切られた後でも頼光の兜に噛み付いていたといわれています。
この絵は歌川国芳のオリジナルをヒントにしているのではと思います。
鬼から火を吹きかけられているのが源頼光、
その右で子分の鬼を押さえつけているのが卜部季武、
中央で鬼の腕を押さえているのは坂田公時、
その左でやはり腕を押さえているのが渡辺綱、
一番左にいるのが碓井貞光です。

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※ウィキペディア参照
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2016年08月27日

大浜流灌頂の夜B後藤又兵衛、家康を突く

大坂夏の陣で茶臼山の激戦に敗れた徳川家康は、
駕籠で逃げる途中、後藤又兵衛の槍に突かれて、
堺まで落ち延びるのですが、
駕籠を開けると既に死んでいたという異伝があります。
この絵はその場面。
後藤又兵衛が抱いているのは豊臣秀頼の庶子国松。
右上に国松の母の伊茶の姿も見えます。
駕籠の中には傷を負って蒼白な面持の家康がいます。
この絵も展示場と路上の二枚、同じ場面のものがあります。

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展示場

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路上

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後藤又兵衛

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徳川家康

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展示場は旧大浜公民館内

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展示場風景

※ウィキペディア参照
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2016年08月26日

大浜流灌頂の夜A海老崎雪渓:岩見重太郎の狒々退治

そもそも大浜流灌頂に出向いたのは海老崎雪渓の武者絵が見たかったからです。
そこで旧大浜公民館に展示してあるものを先に見に行きました。
会場に行けば解説が期待できるかと思っていましたが、
絵についてまったく分かりませんでした。
そこで自力で絵解きしてみます。
まず化け物の絵をご紹介します。

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この絵には雪渓の名が入っていませんでした。
ところが路地に同じモチーフの絵があり、
そこには雪渓の名が入っていました。
色彩も違いますし、化け物も若干違います。

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展示場のものは青系、
路地のものは赤系です。
どちらかがコピーで違う絵師が描いたものなのか、
両方雪渓が描いたのか、それも分かりません。
さて、この場面ですが、岩見重太郎の狒々退治です。
岩見重太郎とは薄田兼相(すすきだ かねすけ)のことで
豊臣秀頼に仕えた戦国時代の武将。
小早川隆景の剣術指南役岩見重左衛門の次男です。
父が同僚の広瀬軍蔵によって殺害されたため、
敵討ちのために各地を旅しました。
大阪を旅しているとき、ある村をとおりかかります。
風水害に見舞われ、流行する悪疫に苦しんだ村民は
「毎年、定められた日に娘を辛櫃に入れ、神社に放置しなさい」という占いに従い、
6年間そのように続けてきました。
7年目にも同様の準備をしている時に通りかかったのが岩見重太郎。
岩見重太郎は「神は人を救うもので犠牲にするものではない」と、
自らが辛櫃の中に入りました。
翌朝、村人が様子を見に行くと辛櫃から血痕が点々と隣村まで続いており、
そこには人間の女性を攫う狒々(ひひ)が死んでいたといいます。
この絵では狒々はおそらく左手の化け物。

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そのほかいろんな化け物が生贄の娘を取り囲んでいます。

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娘は村娘でなく、武士の娘に置き換えられ、辛櫃もありません。
闇の中に浮かぶ娘の白く美しい肢体、恐ろしい狒々、娘を救う若き武者。

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夏の夜に差し出される物語世界。
人々はひたいに汗をにじませながら、
団扇片手に通りに掲げられた絵に見入ったのでしょう。

※ウィキペディア参照
※元絵を発見。月岡芳年でした。
posted by 理乃 at 19:55| Comment(0) | 福岡市博多区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月25日

大浜流灌頂の夜@供養

大博町の大浜流灌頂に行ってきました。
予想外にいろんなことを見聞きしましたので、
分けてご紹介。
まず大浜流灌頂(おおはまながれかんじょう)とはなんぞや?
それは宝暦5年(1755)の大風雨による犠牲者や、
翌6年の疫病流行で亡くなった人々の霊を供養するため始まったものです。
大浜流灌頂では大灯籠が飾られることで知られています。

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24日〜26日の三日間、通りは歩行者天国になり、
出店が出て、
人々はふだんは車が行き交う通りに設えられたテーブルで、
食べたり飲んだりして楽しみます。
まずは供養ですので、お線香とろうそくを買ってお参りしました。

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※車は止められないかと思ってましたが、
近くにはたくさんパーキングがあり、けっこう空いてました。
ラベル:大浜流灌頂 博多
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2016年08月23日

千代町逍遥

仕事帰りに千代町の飢人地蔵のお祭りに寄ろうとしましたが、
残念ながら明日からでした。
せっかく車をとめたので、周りを少しぶらぶらしてみました。

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1732年から1734年にかけて起こった「享保の大飢饉」。
博多の人口(約2万人)の約3分の1(約6千人)の方々が亡くなられたそう。
「千代飢人地蔵尊」では8月24日に供養が行われています。

その左手に「法性寺(ほっしょうじ)」がありました。

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今までさんざん前を通っているのに、入ってみたのは初めて。
大きなお寺だったので驚きました。
ここは日親上人が法華経を布教するために
博多市小路(現在の蔵本交差点から北側あたり)に創立した西国最初の霊場。
戦火で焼けたため、秀吉の町割りで蓮池町(現中呉服町妙典寺の南隣)に移転再建。
でも明治43年(1910年)に市内電車が開通する際、
現在地にさらに移転することになりました。
山門入って左手が本堂。

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正面は納骨堂。2階部分が蓮池町から移築したもの。

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本堂前にそれはそれは見事な枝垂桜の木がありました。
来年の春は必見です!

蒲鉾屋さんを見つけましたが、これが美味!

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チーズ天が美味しくてファンになりました。
蒲鉾屋さんから昔の置屋の建物があると教えてもらいました。
探してみるとありました!
うーん。これは。。。風情ありすぎ。

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かろうじて残る古い博多の町。
室町時代からの記憶がここに残っているからこそ、
大事にしたいです。
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2016年08月20日

博多壽福院の子安観世音菩薩御開帳

博多区冷泉町の圓満山寿福院。

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8月18日と19日は年に一度、
ご本尊の子安観世音菩薩を夕方御開帳します。

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壽福院は1633年の創建。福博八十八か所の札所。

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地域の方々に交ざり灯篭に名前を書いて祈願しました。
ご住職にお願いしてお堂のお写真を撮らせていただきました。

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でも子安観世音菩薩が美しすぎるので、
さらにお堂の中に入らせていただき、
近づいて撮影しました。
やはり美しい。。。

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博多はすごいです。
今にも目を開きそうな観世音菩薩さま。

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生きているようでした。

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2016年08月17日

2016.8.16博多海元寺閻魔祭

昨日、博多中呉服町の海元寺の閻魔祭に行ってきました。
ここに伝わる閻魔像を拝顔したかったからです。
地獄が休みになる1月と8月の16日だけ御開帳していた閻魔像。
でも今年6月閻魔堂と観音堂が新築されて以来、いつでも見らるようになっています。
行ってみると周囲に赤い旗がひらめき、
入口には提灯が下げられていて情緒がありました。

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入ってすぐにあるのは観音堂。

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ありがたい観音像がたくさん安置されています。

さて、閻魔堂の閻魔様は新築と同時に色を塗り替えられ、
それほど怖いイメージではなかったです。

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博多人形なのでしょうか?

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閻魔様の下の奪衣婆(だつえば)のほうが怖かった。

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地獄に堕ちた人々の衣を奪うお婆さんです。
リアル衣を持っているのが怖いです。
でもこのお婆さんは地元でこんにゃく婆さんと親しまれているそう。 
たるにこんにゃくがたくさんお供えされています。

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こんにゃくは持参しなくても100円で売っていました。
一年でついた穢れをぬぐい去ってくれると言われ、
わたしもお供えしてきました。

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堂内には十王図のうちの一点が飾られていました。

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お堂の外にぐるりとほかの十王図のコピーと解説が展示してありました。

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地獄には罪を裁くいろんな王がいて、
閻魔様はその一人なんですね。
あまりの罪穢れで長らく地獄の責め苦を味わわされていた罪人は
永遠に地獄に留められているわけではありません。
最後の最後に天女が現れて救われるのです。

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よかったー。

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お札。お守り。ガチャポンみくじ。

いつでも閻魔様に会えるので行ってみては?
でも地獄が休みじゃないときに行ってどうなるかは知りませんよー(笑)
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2015年12月18日

ブラジレイロ

昨日の仕事終わってのお一人様ランチはブラジレイロで。

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昔ながらの博多を愛する人にとっては大事な店の一つ。
店屋町(てんやまち)のブラジレイロと言えば、
福岡最古の喫茶店。
以前は東中洲にあったそう。
火野葦平や原田種夫など文人たちが集った場所でもありました。
おいしい手作り洋食のランチを狙って行ったのですが、時遅し。。。
でも、さすがに老舗の名店。
トマトとチーズのトーストをオーダーしましたが、
バーンと四角い形、
たっぷりのチーズ、
すてきにおいしいトーストでした。

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どんどん入れ替わっていく都会の店の中で
老舗が残っているのは、
こだわりがあるから。
次はミンチカツレツを食べてみたいです。

★ブラジレイロ
福岡市博多区店屋町1-20
TEL:092-271-0021
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2015年11月12日

大相撲11月場所初観戦

まったく相撲音痴なわたし。
でも本日職場で突然、招待券をいただくことになり、
同僚と見に行ってきました。
ラッキーなことに4人用枡席に2人だけ。

大相撲11月場所は11月8日〜22日まで旗がひらめく福岡国際センターで開催中。
周辺を周り40分100円のパーキングを見つけ駐車。
招待券を見せると、案内の女性が枡席まで連れて行ってくれます。

紫の敷物が敷かれた枡席。
履物は奥に空間があり、そこに納めます。

2時半くらいから6時まで観戦。
枡席に足を投げ出しゆったりモード。

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ロビーに戻り、おみやげを見たり、
お弁当を買ったりしました。
中央軒のお弁当はこちら。
とてもおいしかったです。

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外国人力士の多さに驚きます。
国技といってもインターナショナルな感じ。

自分より体が大きい力士を投げ飛ばしたり、
イナバウアーのように背中をそらして気合を入れたり、
ほとんど知らなかった力士を観察。
横綱白鵬は威厳がありました。

枡席で羽を伸ばして観戦する大相撲はとてもよいもの。
おしゃべりしたり、
真剣に見たり、
いい時間を過ごすことができました。
大相撲もある福岡っていいですね。
posted by 理乃 at 22:37| Comment(0) | 福岡市博多区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月24日

櫛田神社北神門の彫刻

櫛田神社の北神門の木彫です。
左に蘇鉄と犬。

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右に蘇鉄と蛙。

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どうして?
ラベル:櫛田神社 彫刻
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2015年04月18日

崇福寺の十三仏

仕事の帰り道、崇福寺に立ち寄りました。
といっても仏殿も黒田家墓所も入ることはできません。
御百度参りの旭地蔵尊はよく知られていますが、
今回初めて注目したのは十三仏。
境内の仏像を熱心にお参りしてらっしゃった方が教えてくれたのです。

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周りに十三仏があります。
ぐるりと時計回りに回り、
自分の干支の仏像にお参りするとよいとのこと。

朝日地蔵尊のお話も聞けました。
お水と盃が置いてあったので、お水を盃に入れてお供えしてきたのですが、
本当はそうではないそうです。
お水は境内の井戸の水。
昔は井戸の水はきれいだったので、
その水をいただいていたということです。
自分の体の悪い部分にその水をかけるのもいいとのこと。
太宰府の朝日地蔵尊もそうですが、
崇福寺に移った朝日地蔵尊にもお線香の煙が絶えません。

さて、お昼抜きなのでおなかがすいて一服。
境内で吾妻屋というお饅頭屋さんがお店を出しています。
中に喫茶もあります。
好きなお饅頭を2個選び、お茶またはコーヒー付きで380円。

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樟や松など緑が多い都心の隠れ家です。
ラベル:崇福寺 十三仏
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2014年11月24日

「博多千年煌夜」

昨晩見た博多の古刹のライトアップ。
「博多千年煌夜」、この美しいイベントを毎年楽しみにしています。
今年は初めて黒田家の菩提寺、崇福寺が加わり、そこが一番よかったです。
本堂の襖をスクリーンに映し出されるイメージ。
なんて贅沢な試み。

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五重塔は東長寺、庭はお馴染み大人気の承天寺のもの。

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見るために60分とか半端な待ち時間ではありませんが、
一度は見ることをお勧めします。でも今年のイチオシは崇福寺です。
それでもこのイベントは毎年大きくなり、
とても一晩で回れるものではありません。
毎晩回るか、毎年ターゲットを絞って回るか、
待ち時間を少なくするにはどうすればよいか、いろいろ工夫して周りましょう。
わたしは仕事帰りで車でしたが、車の駐車場もなんとか確保できました。
今晩まで。。。

追記:昨日は勤労感謝の日。
なんか朝から深夜までよく働きました。
働けることに感謝すべきなのかな。。。
働くことで、いろんな人にかかわることができる。
一人の狭い世界が世界に広がります。。。
posted by 理乃 at 16:31| Comment(0) | 福岡市博多区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月30日

校則なんていらないよ「福岡県立青松高等学校」

髪の長さや、スカートの丈をいちいちチェックされる煩わしさ。
でも、校則も制服もない高校が福岡にあります。
しかも県立。
博多青松高等学校です。

以前から、気になっていたこの高校にお邪魔することができました。

猛暑の本日、車で向かいました。
あれ? 駐車場はないの?
建物をスルーして裏側に回ります。
車一台しか通れない昔ながらの小路に入り込んでしまいました。
裏側に若干の駐車スペース発見。でもここは定時制用だとのこと。
また表に戻ります。
分からないはずです。駐車場は地下に潜るのでした。
この高校、駐車場から常識破りです。

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平成9年開校。当時の流行りのコンクリート打ちっぱなしの斬新な建物です。
普通科、情報科学科があり夜間部、通信制課程もあります。
単位制です。

まずは食堂へ。
ひまわり食堂といいます。
若者向けメニューですね。お肉中心。

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わたしはひまわり定食(400円)をいただきました。

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連絡事項はこの画面で。

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自分の成績チェックなどはログインしてここで。

全定員360人。
とても広々としています。

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廊下も広い。
クラスのための部屋はなく、講義室があるだけ。

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中庭は屋根の上。

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体育館はないのかと思いきや、
なんと地下2階にあるのでした。

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学校は本日まで集中スクーリングが行われていて、
視聴覚教室では総合学習の講義がありましたので、ちょっと拝聴。
留学経験のある先生が国際交流、国際理解についてお話されました。
まるで大学の講義のような雰囲気。

校則も制服もない自由さがある高校。
海外の高校のような学校が、この福岡にありました。

★明日、7月31日は体験入学。

◆福岡県立博多青松高等学校
福岡市博多区千代1-2-21
posted by 理乃 at 17:25| Comment(0) | 福岡市博多区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする