2019年12月07日

太平閣の豚まん

先日、差し入れでいただき、
あまりの美味しさに3個一度に食べた(笑)豚まん。
今度はわたしが差し入れに使うために行ってきました。
お店に入って気づく。
商品は豚まんのみ!
しかも発送用の豚まんがうずたかく積まれていました。
お客さまも次々に来店。
餡がぎっしり詰まって重さを感じる豚まん。
外側の皮はほんのり甘く、これも美味しいのです。

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◆太平閣
大野城市白木原1-11-1
TEL 092-581-0395
9:30〜18:00
火曜定休
P2台(左横)
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2019年09月02日

NOYUのタルト

今日は母のお供。
用事を済ませたあとは筑前町の絶品タルトのお店「NOYU」へ。

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店名はオーナーとお子さんの名前から取っているそう。
あー、なんと芸術的なタルト。

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お味も絶品。
いちごのタルトと、もう一つはぶどうとなしのタルト。

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薄く切ったなしが重ねてあります。
鑑賞しつつ、味を堪能しつつのタルトでした。

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ランチもできます。
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2019年02月19日

大刀洗町の史跡見学E大刀洗平和記念館

今回の史跡見学のラストです。
場所は筑前町になります。

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ここは2016年に「きゅーはく女子考古部 筑前町古墳めぐりの旅」で訪れていました。

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今回は企画展『民ヲ親ニス』が開催中でした。
幕末から明治、大正そして昭和へ。
先見と才能で激動の時代をリードした
杉山家四代(灌園、茂丸、夢野久作、龍丸)の軌跡です。
その基本にあるのが灌園の教え「民ヲ親ニス」
(民を自分の親と思って面倒を見ること)。

■杉山灌園  天保3(1832)年頃〜明治35(1902)年

黒田藩諸藩応接役であった灌園(三郎平誠胤)は、
大政奉還後、藩主・黒田長溥公に意見し、
謹慎後、御役御免となります。
明治11(1878)年から明治23(1890)年までは
夜須郡二村(筑前町)で敬止義塾を開きました。

■杉山茂丸  元治元(1864)年〜昭和10(1935)年

灌園の長男。
伊藤博文、山縣有朋や桂太郎など幅広い人脈を持ち、
明治から昭和初期にかけて政界に大きな影響力を持っていました。

■夢野久作  明治22(1889)年〜昭和11(1936)年

茂丸の長男。
本名杉山直樹(のちに泰道)。杉山農園を経営。
九州日報記者を務めながら小説家として活躍しました。
代表作は三大奇書の一つとされる「ドグラ・マグラ」。

■杉山龍丸  大正8(1919)年〜昭和62(1987)年

戦時中、フィリピンで米軍に「幻の戦闘機隊」と
恐れられた飛行第31戦隊整備隊長。
戦後は全ての私財を投げ打って
インドの飢餓を救うための緑化事業を行いました。
インドの国道約470kmにユーカリを植林。
砂漠緑化事業にも尽力し、
インドでは「グリーンファーザー」と呼ばれています。

わたし的には去年読んだ夢野久作の「梅津只圓翁伝」の
梅津只圓(しえん)関連の資料がうれしかったです。
梅津只圓(1817〜1910)は幕末明治の喜多流シテ方能楽師。
久作は少年時代、梅津只圓に能を習っていて、
その芸に精進する生き方をたいそう尊敬していました。
久作の祖父灌園は久作が大名小学校4年のときに
梅津只圓のもとへやったといいます。
それから17歳まで稽古を続けたのだそうです。
明治25年4月1日2日、太宰府天満宮菅公一千年大祭の際に
梅津只圓は神事能を主催しています。
久作が絶賛するほどの、
百年に一度出るかどうかの類まれな品位の持ち主であったという
梅津只圓の舞をぜひ見たかったと思います。
※大刀洗平和記念館HP参照
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2018年09月13日

2018.9.9柳川U@道の駅みやま

柳川での仕事は2日あり、今回はパートU。
再び朝イチで「道の駅みやま」に立ち寄りました。
みやま市は全国でも有数のたなかの生産地。
たかなの加工品がいろいろあります。

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船小屋温泉の田中羊羹も置いてありました。

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外側が硬いタイプで美味しいです。

「夜明茶屋」が商品化した
有明海のエイリアン「ワラスボ」のエキスが入ったエナジードリンクも。

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特にワラスボ味がするってわけではないんですが(笑)、
ご当地ドリンクってことで。
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2018年09月10日

2018.9.9柳川A道の駅みやま

昨日、柳川に向かっているとき、
道の駅みやまの前を通りました。
高速はスイスイ通れ、
予定より時間が大幅に余ったので寄っていくことに。
先に家族所望の草木饅頭を購入。

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朝早く、新鮮な野菜、果物も豊富に並んでいます。
新鮮ないちじくと珍しいポポがありました。

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ポポは北米産。

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日本では明治頃から富豪の屋敷で栽培が始まったそう。
高校時代に下宿していた豪邸になっていて、
勧められたけど、あまり好みではありませんでした。
懐かしいと思って買ったけど、ねっとり感がいまいち苦手。
甘い果物なんですけど。

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2018.9.9柳川@日の出屋

柳川で仕事をした際に出していただいたせいろ蒸。
「日の出屋」のものでした。

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柳川にはうなぎのお店が24店もあるらしい。
すべて国産のうなぎだそう。
「日の出屋」のせいろ蒸しはしつこくなく、
あっさりしていてご飯も完食できました。
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2018年08月24日

2018.8.21 聖福寺 供養塔大施餓鬼 御供所夏祭り

8月21日22日、聖福寺では「供養塔大施餓鬼」と
「御供所夏祭り」が行われました。
聖福寺「供養塔大施餓鬼」は高砂連(老人クラブ)の主催で、
先祖を供養するため、巨大な盆提が30個ほど並べられ、
あたりを幻想的な雰囲気に変えました。

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高砂連供養塔

「御供所夏祭り」は盆踊りや抽選会があり、
出店も出て大変な人出で、大賑わいしてました。

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2018年08月07日

山下耕平展 大川市清力美術館

新進気鋭の画家、山下耕平さんの個展が
大川の清力美術館で開催中なので行ってきました。
漫画の影響を受けた画風は一種独特。

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昭和な感じの少年少女がうごめいています。

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噛み合わない視線、
人形やロボットでぎっしりの部屋にいても孤独な少年。
9月2日まで。

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2018年04月26日

桜の福岡藩御別館の旅D清水寺(せいすいじ)

旅のラストは高台にある清水寺でした。

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山門

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観音堂(江戸時代)

天平勝宝2年(750)、聖武天皇の勅願所として行基が建立し、
自ら千手観音を作ったと伝えられています。
その後、山岳仏教の寺として栄え、仲坊・宝積坊・向坊・実相坊・前鬼坊
理性坊・奥坊・田井坊・奥園坊・密乗坊・道達坊・検校坊、
大殿坊、ムケン坊など、
多くの僧坊が門前に建ち並んでいたそうです。

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十一面観音(鎌倉時代)※案内板より

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通夜堂

平成17年には紫燈護摩が復活しています。
ここは雲海スポットとしても知られています。

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今回の旅で見つけた危険な毒草、マムシグサ


※パンフレット参照

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2018年04月21日

桜の福岡藩御別館の旅C竹原古墳

一度行ってみたかった竹原古墳。

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ついに行く機会が訪れました。
竹原古墳は諏訪神社の境内にある円墳で6世紀後半ごろもの。

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1956年(昭和31年)に若宮町の考古学者によって発見されました。
階段を上ると諏訪神社の本殿があり、左手に石室の入り口があります。

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腰をかがめて入ると、ガラス越しに装飾壁画が見られます。
今でもしっかり図柄が見えています。

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実物は撮影禁止。これは施設内のイラスト。

「さしば」と呼ばれる大きな2つの日よけ。

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龍(上部)、馬を曳く人、三角連続文、波型文、船、
玄武(左下)、朱雀(右下)などが描かれています。
かわいい図柄から古代の人の素朴さが伝わってきました。
 ※ウィキペディア参照
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2018年04月20日

桜の福岡藩御別館の旅B福岡藩御別館

当時の犬鳴谷村に福岡藩御別館があったことを初めて知りました。
御別館は犬鳴ダムのさらに奥まった山の中にひっそりとありました。

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ここは慶応元年(1865年)に福岡藩勤王攘夷派の加藤司書の推進で建てられました。
外国と戦争になったとき藩主をかくまうためのものでした。

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当時勤王攘夷派と佐幕派は対立し、
勤王攘夷派は全員逮捕。加藤司書ら7名は切腹、
月形洗蔵ら14名は斬首、野村望東尼は姫島流罪となったのでした。
その後、福岡藩知事になった黒田長知は視察で御別館に宿泊。
でも明治17年(1884年)に暴風で倒壊。
かつては正面から右側に大手門、左側には搦手門がありました。
今は庭園跡と司書の忠魂碑が残されています。

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桜が植えられ、素晴らしい花見の場所ですが、
あまりにも奥地にあるため、ほとんど人は訪れない、忘却の地でした。

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搦手門

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崩れた石垣

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 ※ウィキペディア参照
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2018年04月19日

桜の福岡藩御別館の旅A 犬鳴ダム

犬鳴ダムは1994年に完成。

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ここにあった犬鳴集落はダムの建設でほとんどがダムの底に沈みました。

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ダム湖には「司書の湖」という愛称がつけられています。
藩政時代は炭焼きや和紙製造が盛んだったとのことで、
今でも炭焼き小屋跡や庚申塚があちこちに見られました。

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ピクニック広場はほとんど訪れる人がいませんでしたが、まさに桜が満開。

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山なので平地より一週間遅れくらい。

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消え去った村を悼むかのように、とても美しかったです。

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2017年08月25日

鳥飼八幡宮

昨日行った鳥飼八幡宮の歴史は古いです。

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神功皇后が新羅から戻って着いたのが姪浜。
そこから鳥飼村平山へ行きました。
村長はじめ鳥飼氏一同が御膳を差し上げたところ、
皇后はたいへん喜び、
胎内の皇子(後の応神天皇)の将来を祝ってこの地に泊まりました。
後に村長になった人の子孫が神功皇后ゆかりの地に御社を建て、
「若八幡」と名付けて祀ったのが鳥飼八幡宮の由来。

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社殿前には千年蘇鉄があり、
神功皇后の従者だっ武宿禰が旅の安全と神功皇后の御子の無事な出産を祈願されたこの地から
蘇鉄が生えたと伝えられています。

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武内宿禰は400年生きたという伝説があり、
この蘇鉄のところで長寿を願うと長生きできると伝えられています。

楼門の狛犬と随身が立派です。

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境内にある武内大臣と鳥飼黒主(鳥飼氏始祖)を祀った
黒殿神社の狛犬は小さいながらなかなかのもの。

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出雲タイプでしょうか?
阿形は前足が折れているようでおじぎしています。

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不老水もあります。

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※鳥飼八幡宮HP参照
※車は明治通りから境内に乗り入れ可能です。
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2017年07月20日

県庁:よかもんカフェ

県庁11階のよかもんカフェ。

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地産地消の取組が昨年、第9回地産地消給食等メニューコンテストで
「農林水産大臣賞」を受賞しています。
日替わり弁当などのメニューがあって、
仕入れは主に県内の直売所から。

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今日いただいたのは日替わり弁当ですが、
おしゃれでグッド。
眺めもよく、今日は博多港から出ていくクルーズ船が見られました。
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2016年11月03日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅G古宇利島(こうりじま)

古我知焼の窯元を出たあと仲村さんは美しい海で人気の
古宇利島へ連れて行ってくれました。
本島から屋我地島を抜けて、さらに先の孤島が古宇利島。
屋我地島と古宇利島に架かる全長1.96kmの古宇利大橋は2005年に完成。

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橋の両側の美しい海は正に絶景。
ニューカレドニアと同じです。
海の色はエメラルドグリーンとコバルトグリーンと、ほかにもいろんな青があります。

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橋を渡り終えてすぐある古宇利ビーチの白い砂浜が眩しい。

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島の一番北のティーヌ浜のハートロックは人気のスポット。
裏側から見ると、もう一つの岩との空間が逆さまハートに見えます。
美しい沖縄を堪能できました。

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2016年10月28日

2016.10.22−24沖縄:再会の旅C嵐山展望所

喜吉さんの住居跡を見たのち、
名護市呉我の嵐山展望所に行って、
下に広がる屋我地島の風景を眺めました。
ワルミ大橋が見えます。
なんという穏やかで美しい眺め。
かってこの島が戦場となっていたなんて想像もできない。。。

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ニューカレドニアにいたとき、
ポワンディミエのレイモン・ボティエ中学校と屋我地中学校は交流をしました。
二回手紙のやり取りをしたのです。
こんなに美しく静かなところの学校だったのかと感慨深いです。
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2015年10月31日

長崎:カトリック教会を巡る旅 A褥埼(しとねざき)教会 2015.10.28

長崎:カトリック教会を巡る旅 その2は佐世保市鹿町町の褥崎教会。

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聖ペトロに捧げられた教会です。

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島原の乱に敗れ五島に逃れた信徒が厳しい弾圧。追求を逃れてこの地に住み着いたのだそう。

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当初はこれより下の浜辺の民家風の聖堂でミサをしていたとのこと。
漁師町故なのかファサードの印は帆船、扉の両脇は海のイメージ。

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2015年01月01日

2014年07月28日

落語っていいな

思いがけず昨日市民会館であった
博多・天神落語まつりプレイベント
「秋まで待てない落語会」に行けることになりました。

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子どものころからある古〜い市民会館。

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こんな方々が出演します。

演目はこちら。

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犬の目 春風亭昇吾
天狗裁き 春風亭一之輔
短命 三遊亭円楽
仲入り
二十四孝 春風亭昇太
喫茶店の片隅で 桂文枝

若い人は勢いがすごいし、
文枝は老練さがいい味を醸し出し、流石なんだと思いました。

今、思い出してもくすくすしてしまう、
人の世の可笑しみと人情。
落語って面白いです。
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2014年01月30日

T家の福岡探訪 その3 博多塀

T家の福岡探訪では博多の町を歩きましたが、
これは博多塀と言います。

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探せばけっこうあります。
   ↓
https://www.google.co.jp/search?q=%E5%8D%9A%E5%A4%9A%E5%A1%80&rlz=1C1ARAA_enJP536JP547&espv=210&es_sm=93&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=_wjqUpXoKcWIlAWOmIEQ&ved=0CC4QsAQ&biw=1280&bih=902

博多塀ってなに?

かつて博多は戦火で焼け野が原になりました。
それを復興したのが豊臣秀吉。
新しい塀を作るとき、戦火によって残された焼け瓦を塀に塗り込めリサイクルしたのです。

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ついでですが、ここ有名なお蕎麦屋さんです。
posted by 理乃 at 17:22| Comment(0) | 福岡市中央区 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする