2020年02月10日

佐賀銘菓 ゆり

珍しいものをいただきました。
佐賀古湯温泉「亀屋」のもので、
古来から山間に産するゆりの根を原料としてつくられてきたものらしいです。

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そのままいただくと柔らかな落雁のよう。
お湯のみに入れて熱湯を注ぐとくず湯になります。

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滋養強壮によいと言われるゆりの根。
古湯のお土産にいかがでしょう。
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2019年06月14日

2019.6.13脊振山岳信仰の旅U

M氏の誘いで脊振山岳信仰の旅Uに出かけました。
最初は脊振神社(下宮)。

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脊振山は弁財天を乗せて天竺から飛んできた龍が
脊振山まで来て天に向かっていななき、
背びれを打ち振ったから「脊振山」と名付けられたと伝えられています。

脊振神社上宮は冬には寒さが厳しいため
中腹の白蛇神社の境内に下宮を建立。
それが今の脊振神社です。
標高700メートルの高さにあり、
手入れの行き届いた境内は杉の大樹に囲まれとても美しいです。
神仏習合の名残が濃く、神社なのに拝殿でお線香を上げます。
御祭神の弁財天は年二回の御開帳があります。

弁才天のお使いの白蛇が境内の石窟に住んでいると言われ、
はくじゃさんと呼ばれていて、実際に白蛇が目撃されています。

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次に訪れたのは多聞坊跡。
歴代のお墓があり、栄西像もあります。

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それから山頂を目指しました。
途中には役行者像がありますが、自衛隊の敷地内にあり、
中には入れません。

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山中にはイタドリがたくさん自生していました。

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ついに山頂です。
1055メートルの地。360度見渡せる特別な場所です。

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山頂の脊振神社上宮は正に天空の神社。祠があるのみですが。
平安、鎌倉の坊が林立していた時代が想像できる気がします。

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すぐ下の平たくなったところは、
もとの龍神池で龍が住んでいたという伝説があります。

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米軍がテニスをするために池は埋め立てられたといいますが、
片隅に少しだけ残されています。

帰りは早良区のほうへ降り、
脇山の主基田跡に立ち寄りました。

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脇山公民館では昔の記録映像を見せていただき、
当時のご苦労が推察できました。

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脊振の美味しい水で作られる脇山のお米は
産直の「ワッキー主基の里」で入手できました。

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2019年05月23日

脊振山岳信仰の旅

お茶の柔らかい若葉が瑞々しい5月10日。脊振山岳信仰の足跡を訪ねる旅に誘われた。

脊振山は平安時代から鎌倉時代にかけて山岳信仰の聖地だった。
和銅二年(709)湛誉(たんよ)上人が勅命を受け脊振山に誉朗(よろう)寺を創建。
上宮、中宮、下宮が形成され、空海、最澄らも入山し、脊振千坊といわれるほど繁栄したという。

山頂の上宮東門寺はその後、今の背振神社下宮(神埼市)の境内に移った
多聞坊一坊が残っていたが明治に消失、背振神社のみが再建されている。 

中宮霊仙寺(りょうせんじ)は江戸時代の乙(おと)護法堂が残る。

国道385号線から町道坂本峠線に入り、
霊仙寺跡上入り口から森の中の長い階段を降りていく。
水上坊跡の先の開けたところに乙護法堂が姿を現した。
眼下の眺望は素晴らしく、遠く有明海、佐賀平野が見晴らせる。
すぐ下に緑なす樹々に囲まれ、丸くこんもりと刈られた茶園があった。
南宋に渡った栄西(ようさい)は霊仙寺石上(いわかみ)坊に茶種を蒔いた。
よってこの地は日本初茶樹栽培地とされている。
明治維新で無住となった坊だが、
ここまで来ると往時の僧たちの息遣いが感じられる。

下宮の積翠(せきすい)寺は修学院となって今に残る。
突然の来訪にかかわらず、ご住職は温かく迎え入れ、
江戸時代には鍋島藩が霊仙寺十坊を再建した歴史などを語ってくださった。

脊振山岳信仰は周辺の里にも及び、
那珂川市別所の毘沙門堂は東門寺の北を守ったという。

周囲に点々と残る脊振山岳信仰を辿る旅はまだ続きそうだ。
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2019年05月19日

2019.5.10脊振山岳信仰の旅A小河内の杉

五ヶ山ダムができるとき、ダム底に沈んだ村がありました。

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村の神社と境内にあった大杉はダムの傍らに移されました。

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大杉には自動的に水がかかるシステムが採用され、
鉄骨で保護されてました!
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2019年05月13日

2019.5.10脊振山岳信仰の旅@別所毘沙門堂

脊振山は和銅2年(709)に湛誉上人(たんよしょうにん)によって開山された
上宮、中宮、外宮からなる山岳仏教の聖地です。
上宮は脊振山頂にあった東門寺、中宮は霊山寺、下宮は修学院。
平安〜鎌倉にかけ背振千坊といわれるほど栄えていたとされます。
M氏倶楽部で訪れた旅の初めは脊振山麓の那珂川市にある
別所毘沙門堂です。

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別所毘沙門堂は東門寺の北方を守る役目がありました。

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毎年冬至には毘沙門天祭が行われ、
南瓜ぜんざい銭財がふるまわれます。
さらに奥へ行くと大山住神社の新しい社殿があります。

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大山住神社の絵馬

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大山住神社社殿の寛永通宝で作られた鳥居の絵馬

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手入れの行き届いた美しい竹林がありました。
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2018年03月05日

唐津名物 松原おこし

唐津名物「松原おこし」をいただきました。

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虹の松原の黒松に見立て、黒砂糖をまぶしてあります。
台形に積み重ねた形は鏡山をイメージ?
黒砂糖の風味が大好きなおこしです。

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2017年02月09日

「木漏れ陽」

先日、三瀬トンネルを越えたところにある「木漏れ陽」というお蕎麦屋さんに行ってきました。

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このお蕎麦屋さんの特徴は蕎麦の芽を出すこと。
ざるそばの横に載っているし、トッピングに蕎麦の芽の天ぷらもあります。

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つるつると喉越しのよいお蕎麦、おつゆも嫌味なし。
お蕎麦は自家製。
ガレットもありました。

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上合瀬の集落の中にあるたたずまいも和みます。

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◆木漏れ陽
佐賀市富士町上合瀬453-1
TEL:0952-57-2873
11:00〜17:00
水曜定休(祝祭日は営業)
※地域行事の日も休み
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2014年04月07日

武雄でごはんと図書館見学

先日、武雄でちょっと仕事しました。

そこでお昼をいただいたのがここ。
武雄温泉物産館。
http://takeo-onsen-bussankan.com/
あいにくの雨でしたが、桜が美しい頃で観光バスがたくさんとまっていました。
団体様のお食事場所みたいで、本当に人でいっぱい。
お土産もよりどりみどり。

食事をしたのは物産館の中にある「おっかさんの一膳めし屋」。
http://takeo-onsen-bussankan.com/ichizenmeshi.html
気取らないお惣菜屋だけど、味はグッド。
これは野菜のグラタンと白和えと黒米ごはんだけど
500円以下でした。

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最後にここだけはと立ち寄ったのは温泉。。。ではなくて、
今、全国から注目を集めている。。。
武雄といえば、ここ。そう図書館なのです。
http://www.epochal.city.takeo.lg.jp/winj/opac/top.do

2013年にオープンした蔦屋書店、レンタルビデオ店、カフェが融合した図書館。
吹き抜けの大空間のカーブを描いた建築があっと驚かせる斬新さ。
話題を呼んで、なるほど駐車場にも他県ナンバーが多い。
他県から来ても本を借りることができます。
でも返すときはどうするの?
500円で宅配返却のサービスがあるのです。
カウンターで申し込み、専用袋に本を入れて、
近くのコンビニなどから送ればOK。
よその町で本を借りるっていいよね。

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2013年12月19日

初『蜂』

C'est le steak haché.
C'était booon!

唐津にあるステーキハウス『蜂』は有名。
これまで何度、前を通りすぎたことでしょう。
今回、唐津で仕事をしたので立ち寄ることができました。

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ここ1万円とか2万円とかするからステーキは無理だけど、
ハンバーグだったらお手頃のがあるんです。
http://www.steakhachi.com/html/left.html

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ハンバーグセットを注文。
ハンバーグ、サラダ、コーンポタージュスープ、パンで1160円。

出てきました。
鉄板の上でハンバーグがジュウジュウいってます。
ソースはデミグラスにしました。

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ふっくらしたハンバーグ。いけます。
ファミレスのハンバーグなんかだと、
付け合せのスパゲティとかはついで〜って感じで
いらないわ、これ…となってしまうけど
ここのはこの付け合せが美味しい。
パスタも人参もいんげんも上質。
パスタ、もっと食べたい〜という美味しさ。

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これまたふっくらしたパンで
残ったデミグラスソースもしっかり完食。
いやあ、グッドなハンバーグでした。

ドレッシングも美味しかったです。

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★中洲店あり
Tel:092-282-8873
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2013年12月17日

北波多

北波多で仕事をしました。
ライターの仕事、おっもしろいなー。

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2013年06月14日

呼子・唐津のプチ旅 B『曳山展示場』

呼子・唐津のプチ旅の続きです。

唐津で立ちよった『曳山展示場』。
わたしは日本の祭りの中でも唐津くんちが大好き。

祭りの囃子を聞くと胸が高鳴ります。
この祭りが好きなのは、なにより漆の一閑張りと呼ばれる技法で製作された
巨大な曳山(ひきやま)の魅力にあります。
動く工芸品です。
そして曳子(ひきこ)たちの装束がいなせでかっこいい。

秋にしか見られない祭だけれど、
この『曳山展示場』に来ればいつでも曳山を見ることができます。
そしてその作りの見事さに驚くことでしょう。

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2013年06月11日

呼子・唐津のプチ旅 A『海舟』でランチ

C'est un restaurant japonais.
On mangent des calmars crus.

呼子・唐津のプチ旅情報。
『海舟』のごはんです。

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海辺にある『海舟』。

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これはイカのもろみ漬けです。

呼子と言えばイカですね。
新しいから身が締まってコリコリしています。

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まだ生きてます…。
(イカさん、ごめんなさい…)



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イカ丼も美味しい。

イカの活き造りの残りは天ぷらです。
天ぷらにすると、また美味しいですよね。

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2013年06月02日

呼子・唐津のプチ旅 @七ツ釜遊覧

J'étais sur le bateau hier à Yobuko,département de Saga.
J'ai vu la falaise de la nature.
Magnifique!!!

昨日、呼子と唐津に行ってきました。

まずは呼子で遊覧船『イカ丸』に乗りました。

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こちらは海中展望船『ジーラ』。

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これは呼子大橋。

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イカ丸の所要時間40分のコースでは七ツ釜を揺目指します。

七ツ釜は、まるで7つのかまどを並べたように見える海蝕洞窟。
玄武岩の断絶壁の自然の造形が圧巻!!

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★おまけ

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ここ、イカのげその踊り食いが食べられるそう。
げその吸盤が口の中にくっついて、やみつきになるらしい…。
いつか行ってみよう…。

◆イカ丸
大人1500円 子ども750円

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2011年12月21日

佐賀歴史trip その3 肥前国庁跡

ちょっと前に戻ってしまいますが、
佐賀歴史tripのその3。
ラストになりますが、「肥前国庁跡」です。
古代史ネタです。

「肥前国庁跡」は奈良〜平安時代、
肥前国の政治の中心となった役所跡。
太宰府の都府楼跡は何も復元していませんが、
ここは南門と築地塀の一部が復元されています。

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手前には資料館があって、出土した瓦などを展示しています。

ここの鬼瓦はかわいいです。
ぜんぜんこわくない。

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そして、もう一つ面白いと思ったもの。

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ファニーフェイス!

8世紀に編纂された肥前風土記の佐嘉の郡(こおり)の条に、
暴れる神様に困っていたところ、
大山田女(おおやまだめ)という女性が占い、
土で人形と馬形を作って鎮めたという記述があるそうです。
この人形は、その話を思い起こさせるようなもので、
国庁の西にある遺跡から出土したものです。





◆肥前国庁跡
佐賀市大和町大字久地井2754
TEL:0952-62-7441(肥前国庁跡資料館)
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2011年12月14日

佐賀歴史trip その2 佐賀城本丸歴史館

佐賀歴史trip、その2は「佐賀城本丸歴史館」。
ここは幕末の歴史好きにはおすすめのスポット。

鍋島 直正(なべしまなおまさ)が第10代藩主になったのは17歳のとき。
そのときの佐賀藩の財政は破綻状態。
そのため倹約に徹し、本丸も質素なもの。

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長崎警備の強化しようとしますが、
幕府が財政難だったため独自に西洋の技術を導入し、
反射炉などをつくるのです。

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反射炉の模型

天然痘は根絶するためにオランダからワクチンを輸入して、
長男の直大で試験しています。
これが日本における天然痘の根絶につながったといいます。

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中ではイベントが行われていました。
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2011年12月12日

佐賀歴史trip その1 吉野ヶ里歴史公園

11月26日、佐賀の歴史を見るたびをしました。
お天気もよく写真が撮れましたのでアップしておきます。

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はじめて吉野ヶ里に行ったのは公開まもないころ。

今はとてもきれいに整備されています。

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北内郭の主祭殿の2階。
吉野ヶ里のクニ全体の重要な会議を人形で再現してあります。
吉野ヶ里の王やリーダーたち、
さらには周辺のムラの長が集まっています。

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北内郭の主祭殿の3階。
祖先の霊のお告げを聞く祈りを再現。
この結果は従者によって
2階で会議をしている王やリーダーたちに伝えられます。

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北墳丘墓に埋葬されていた大型の甕間棺からは
有柄(ゆうへい)銅剣やガラス製管玉が出土して
当時、3ヶ月で100万人もの人が訪れました。
わたしはこのころ行っていると思います。
この北墳丘墓の出土品がきっかけとなって、
平成3年に特別史跡に指定。
平成4年には国営公園化が決定。
北墳丘墓は遺跡の保存のために埋め戻されましたが、
平成20年に再び発掘され当時の状況が公開されました。

屋根で覆われた内部は湿度が80%に保たれているので、
中に足を踏み入れると、
むうっとします。
でも、甕棺はそのままの状態でそこにあります。

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お気に入りの鳥のデザイン。

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2011年08月18日

唐津・佐用姫伝説と花のたび その11(ラスト) 佐用姫生誕の地 浜玉町平原

「唐津・佐用姫伝説と花のたび」。
長いこと引っぱっちゃいましたが、いよいよラストです。
 
「その9」でご紹介した佐用姫生誕の地。
有名な3か所のうちの1つ「 浜玉町平原(ひらばる)座主(ざす)」に
最後に立ち寄りました。

ここも佐用姫が住んでいた屋敷があった場所といわれています。

平安時代、この地には殿原寺(でんげんじ)という寺がありました。

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松浦佐用姫を供養するため、
椿の大木から彫った観音像を祀ったといいます。

殿原寺は真言密教の修験道場が設けられ、
肥前国の寺を統括する大伽藍があったそう。
残念ながら天正2年(1574)の平原の合戦で焼払わてしまい、
残っていません。

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今は小さな観音堂だけがあって、
観音像が安置されています。

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鍵がかかっていて、中に入ることはできないのですが、
窓から覗くことはできます。
たおやかで気品のある観音さまたち。
佐用姫を供養するのにふさわしい仏像ですね。

佐用姫の姿を写し取った佐用姫観音(根木観音とも呼ばれます)もあるのですが、
こちらは厨子に安置され、50年に一度しか御開帳されないとのこと。
運がよくて、一生に1度か2度しか拝めません。。。

境内には万葉歌碑もあります。

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「萬代に 語り継げとし この嶽に 領巾振らけしむ 松浦佐用姫」 大伴旅人

M氏のおかげで、
すばらしい歴史と花のたびができました。
ありがとうございました。

みなさまも、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

※殿原寺跡は現在の川上神社の境内にあります。

ラベル:佐用姫 唐津
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2011年08月16日

唐津・佐用姫伝説と花のたび その10 佐用姫像

佐用姫の像はいろいろありますが、
道の駅厳木には14メートルの像があります。

道の駅 厳木_1.jpg

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白くて大きい。。。

しかもこれ 台座を中心に15分間で1回転するそうです。。。
かなり腰をひねった像です。。。

わたしの佐用姫のイメージは
もっとかわいくて、はかなげで悩ましげ。。。

ラベル:佐用姫
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2011年08月13日

唐津・佐用姫伝説と花のたび その9 佐用姫生誕の地 厳木町瀬戸木場

「唐津・佐用姫伝説と花のたび」と題しておきながら、
佐用姫はいつ出てくるの?と思われていたかも。。。
ここでやっと登場です。

ところで、佐用姫ってだれ?

佐用姫は(さよひめ)は、現在の唐津市にいたとされる豪族の娘。

次のような伝承があります。

537年、新羅の任那侵入に際して、
任那の要請を受けたヤマトは
大伴狭手彦(さでひこ)などを救援に差し向けます。
大伴狭手彦(さでひこ)は篠原の長者の館に滞在し、
その館の娘で身の回りの世話をしてくれた佐用姫と愛し合います。
狭手彦が出征する日を迎え、二人は離れ離れに。。。
佐用姫は鏡山の頂上から衣の領巾(ひれ)を振りながら舟を見送っていましたが、
別れに耐えられず、
舟を追って呼子まで行き、
加部島で七日七晩泣きはらした末に石になってしまいました。
  ※ウィキペディアより

「篠原村」と呼ばれる佐用姫の生誕地はいくつか言い伝えられています。
「厳木町瀬戸木場(長者原)」説、
七山村史に残っている「七山 藤川 (芝原)」説、
浜玉町史に残っている「浜玉町平原 座主」説の3つが有名。

このたびでは、その中の2つを訪ねました。
1つ目が今回ご紹介する「厳木町瀬戸木場(長者原)」。

車一台分の幅しかない道を、
ここでホントにいいの?と不安になりつつ進みます。

場所が分からなくなって、
親切な土地の方の先導でやっとたどり着きました。

車を止めて、少し歩きます。
ありました。

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この碑の後ろに小さな祠がありました。
長者宮と彫ってあります。

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恋するあまり、死んだ佐用姫。。。
現代の女性だったら、
どうでしょう???

ラベル:佐用姫 唐津
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2011年08月09日

唐津・佐用姫伝説と花のたび その8 狛亀

「池の観音」ネタでもう一つ。。。
それは狛亀です。

狛犬の奥に狛亀がいるのです。
なぜ神様の使いとして、
ここに亀が置かれているのか不明。。。

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首が長くて、妖気漂う狛亀?

これ、海亀ですよね。
唐津で海に近いこともあるのか???
ま、ここは山間部で海が間近というわけではないのですが。。。

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ぱっと見こわいんだけど、
よく見るとやさしい顔。

でも、なぜ亀に耳が。。。???
狛犬化した亀なのでしょうか???
ラベル:狛亀
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