2020年04月28日

善一田古墳公園の芝桜

大野城市にある善一田古墳公園。
芝桜の古墳にしようと、植えられた芝桜が見頃です。

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広い古墳公園は高低差もあり、
運動不足解消にもいいです。

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2020年03月14日

雉子ヶ尾古墳@大野城市乙金

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雉子ヶ尾古墳に行きました。

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大野城総合公園手前、高速道路直下にあります。
住宅街に現れました。
1300年〜1400年前のものということです。

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右手に石室へ上る道がありますが、
フェンスがあって中を覗くことはできませんでした。

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近くに善一田古墳はあるし、
四王寺山の山裾は古代から有力者たちが住んでいたことが分かります。
古墳の周りには春の野草が咲いていました。

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2020年03月13日

七夕池古墳@志免町

仕事終え、寄り道してぷち墳活してきました。
志免町の「七夕池古墳」。

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七夕池古墳は糟屋地区最大の円墳(直径29メートル)。
以前行った南側の光正寺古墳が見えて感激。

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共に1975(昭和50)年に国指定史跡となっています。
竪穴式石室の木棺内には壮年女性の遺体を安置し、
豪華な副葬品が埋葬されていました。
銅鏡(内行花文鏡)・琴柱形(ことじがた)石製品
・刀・玉類などで、志免町歴史資料室に展示されています。
築造年代は4世紀末で、畿内との関係が深かったと考えらています。
墳丘は埋め戻され、1977(昭和52)年に公園化。
住宅街の中にあり、駐車場はありません。

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*志免町HP参照
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2019年07月31日

善一田(ぜんいちだ)古墳公園

大野城に整備された善一田古墳公園にやっと行ってきました。

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この古墳群は乙金山(おとがなやま)の西の丘陵地帯にあります。
なんと30基ほどからなる群集墳(公園に含まれるのは一部)。
時期は古墳時代後期から終末期(6世紀後半〜7世紀)。
古代山城大野城に接しています。
直径10mくらいの小さな古墳がぽこぽこあります。
初期に造られた18号墳は近くの古墳群の中でも最大級(直径約25m)。
内部には高さ3.5mほどの巨大な石室があって、
鉄鉗(かなはし)などの副葬品が出土しました。
葬られた人物は鉄器生産集団を総括したリーダーとも考えられています。
水城や大野城の築城時代、乙金の有力者たちも協力したのでしょうか。
広々とした古墳群は、緑が多く、とても癒やされます。
案内板も、子どもも興味持てるようにとても分かりやすいもの。
秋の墳ピクシーズンにはもってこいの古墳公園。
一番高いところからの眺めもよく、
背振山に落ちていく夕日を眺める場所としてもよさそう。
駐車場もトイレも完備。
おすすめ墳活スポットです。

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2019年03月20日

古墳らぶ 光正寺古墳(宇美町)

宇美町に用事があって行ったついでに、
かねてから行きたかった光正寺古墳を訪れました。
行きにくいところにある上、駐車場もありません。
住宅街を??と進むと、いきなり立ちはだかる全長約54mの古墳!
興奮します!

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光正寺古墳の築造年代は3世紀中頃とされ、
県内の古墳の中でも最古期の古墳なのです!
すごい!
被葬者は糟屋地域を支配した豪族(王?)の墓と考えられています。
そのころの倭国には奴国の隣に不彌国(ふみこく)があったとされ、
宇美が不彌国の有力候補なのです。

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上に上ってみると壮観!
あたりが360度見渡せて、気持ちよいことこの上なし。
近くの子どもたちの最高の遊び場となってます。
桜も植えられていて、もう時期見頃を迎えます。
住宅地が間際まで迫っていても、古墳は守られています。
不彌国の王はどんな人物だったのだろうと、
浪漫があふれる場所なのです。
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2016年04月04日

きゅーはく女子考古部卒業旅行:一支国への旅 その3 双六古墳

きゅーはく女子考古部卒業旅行:一支国への旅の3です。

双六古墳へ向ました。なんと長崎県最大の前方後円墳。

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山の中にポツンとありました。

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木々に囲まれているので、通りすがりでは分からず、
意識して行かないと到達できないでしょう。
全長91メートル、後円部の直径は43メートル、
高さ10メートル、前方部の高さは5メートルです。
後円部の傾斜が急でとんがっているのが特徴。
築造は6世紀後半ごろ。

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普段は入れない石室も一支国博物館学芸員の松見裕二氏の解説付きで
中に入れていだだきました。
このへんがきゅーはく女子考古部の強み。
石室は前室と玄室の2室。横穴式石室で全長11メートル。

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前室の側壁にはゴンドラ形の船の線刻画が描かれているのが壱岐らしい。
その左上にある三つ星の旗はあとの時代の松浦軍の落書きなのだとか。

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みんなの旅はこの先も続くのですが、
わたしは残念ながら一足お先に日帰りで戻りました。

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壱岐にこんなに大きな前方後円墳があるなんて想像もしなかったです。
古代史における壱岐の重要性を認識した旅でした。
て、わけで今、壱岐関連の本を読んでいます。

※壱岐市観光連盟HP参照
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2016年03月25日

K顧問と行く熊本装飾古墳ツアー その4 塚坊主古墳

ちょっと途切れていた「岸本顧問と行く熊本装飾古墳ツアー」です。
塚坊主古墳は玉名平野の最奥部にある6世紀初めに造られた装飾古墳です。

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この先にあります。

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前方後円墳です。
後円部には前室と奥室からなる複室構造の横穴式石室があります。
ここは度肝を抜かれました。
保護施設のあまりの立派さに。

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入り口が自動ドアです。

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しかも二重に。

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この施設は3億円かかっているそうです。
公開は年に二回のみ。。。
レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」を見たときのことを思い出しました。
あそこはもう一つ自動ドアがあったと思うけど。。。
さて、中に入ると玄室奥に屋根型の蓋を持つ石屋形が見えます。
盗掘で今は蓋石の一部が残るのみ。
側壁は安山岩の割石を小口積みした美しい石積みです。。

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石屋形の内部に円文、三角文、菱形文が描かれています。

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温度湿度を管理して、しっかりと守っています。

装飾古墳は全国に480基余り。
その大半が九州にあり、熊本県にはなんと全国の4割の180基余りが存在しています。
見れども見れどもまだあるという計算です(⌒-⌒)

所在地:熊本県玉名郡和水町瀬川
 ※ウィキペディア・案内板参照
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2016年03月23日

K顧問と行く熊本装飾古墳ツアー その3 塚原(つかわら)古墳群>花見塚古墳

塚原古墳群の中の花見塚古墳は6世紀の終わりごろ築かれた前方後円墳。

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内部には家型石棺が収められていたと考えられていますが、
大正4年に心ない人々によって破壊されていました。

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二重の周濠と周濠を共有する円墳を伴う
地方の小規模前方後円墳としては珍しい形をしています。

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築造にはのべ1万人が携わったと推定されています。

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花見塚古墳近くの風景

 ※案内板参照
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2016年03月21日

K顧問と行く熊本装飾古墳ツアー その2 塚原(つかわら)古墳群>石之室(いしのむろ)古墳

K顧問と行く熊本装飾古墳ツアー、その2は塚原古墳群の石之室古墳。
行ってみて、ただただびっくり!
古墳がぽこぽこ、ボコボコ、とにかくたくさんあるんです。

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ここは昭和47年(1972)、
九州縦貫自動車道開通に伴う発掘調査で、
県民上げての保存運動の結果残されたということ。
なんと遺跡の下を高速のトンネルが通されました。
野球場が約5つも入る広々とした空間に古墳が77基も復元されています。
驚くのはまだ早い。総数は約500基と推定されています!
素晴らしい!
残された空間のなんて心地よいこと。
さて、その中の石之室古墳が公開されていました。

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日本最大の家形石棺(石棺式石室)です。
家の屋根部分の両側に4個の縄掛突起が残っています。

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2016年03月20日

K顧問と行く熊本装飾古墳ツアー その1 宇賀岳(うがだけ)古墳

3月19日と20日は熊本県内装飾古墳の一般公開日。
装飾古墳の公開日は春と秋の二回行われていますが、
より鮮明に見えるのは春の方といいます。
ということでK顧問の案内できゅーはく女子考古部OBが企画したツアーへ行ってきました。
一番初めに向かったのは宇城市の宇賀岳古墳。
高速の松橋ICで降りて、道の駅うきで集合。
天草へ向かう宇土半島の付け根あたりに位置します。
宇賀岳古墳は、ほど近い岡岳総合運動公園内にあります。
標高約60mの宇賀岳山頂。見晴らしもいいです。

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このあたりの古墳はこのような高いところにあるとのこと。
かつては露出していたため「鬼の岩屋」と呼ばれていました。
昭和55〜56年の保存修理工事で復元されています。
公開日の旗がひらめいていて、案内の方が待機されています。

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いよいよ石室に入ります。
6世紀古墳時代後期、阿蘇溶結凝灰岩の切石を組み合わせた石棺系石室。
3枚の巨石が組み合わされ、
上に2個の刀掛突起がついています。
今は欠落して痕跡のみ。
さて、装飾は。。。

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約10cm幅の平行線の内側に円文が等間隔に11個線刻。
その上下には三角形を組み合わせた鋸歯紋(のこぎりばもん)の線刻があります。
その上から赤。緑色顔料を使って彩色されています。
かろうじて円文が分かる程度。
東西の側壁にも同様の装飾があったらしいのですが、
今はよく見えません。
出口に使われた塗料のベンガラと緑土のサンプルが置かれていました。

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モスグリーンの緑は自然で落ち着いた色でした。

所在地 : 宇城市松橋町松山(岡岳総合運動公園)
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2016年02月19日

きゅーはく女子考古部 番外編 筑前町古墳めぐりの旅 E仙道古墳

さあ、きゅーはく女子考古部 番外編 筑前町古墳めぐりの旅 ラストです。
6世紀後半の仙道古墳。
ここは整備されたころから知っていました。

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そばに模型があるので、中に入れなくても、よく分かるようになっています。
さて、今回は特別です。
きゅーはく女子考古部のために解説者付きで、
なんと中に入れることになりました。
本物の石室です。

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赤や緑で◯・◎・△が描かれているのですが、はっきりとは見えません。
夥しい埴輪も発掘されていますが、
盾持武人埴輪も復元されて、
このかわいい円墳を飾っています。

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これはそばの展示室の模型。

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盾持武人埴輪。

たびの最後、ファーマーズマーケット「みなみの里」にも寄りました。
この時期、産直などでしかお目にかかれない大好物の野菜、紅菜苔を見つけ、三把買って帰りました。

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2016年02月18日

きゅーはく女子考古部 番外編 筑前町古墳めぐりの旅 D小隈窯跡群

きゅーはく女子考古部 番外編 筑前町古墳めぐりの旅の続きです。
今回は須恵器の窯跡、小隈窯跡群(筑前町下高場)。
総合運動公園建設に伴う調査で発見されました。
5世紀後半のもの。
ここの奥です。

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ここも案内されないことには全く分かりません。
靄が漂う中を歩いていきます。

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山の斜面を利用した登り窯状の窯跡がありました。

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さっそく須恵器を見つける顧問。

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きゅーはく女子も負けていません。

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すぐそばに竪穴式の工房や住居跡も確認されています。

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窯跡と工房がセットで出土したケースでは最古級とのこと。
すごいですね! 筑前町。
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2016年02月16日

きゅーはく女子考古部 番外編 筑前町古墳めぐりの旅 C焼ノ峠古墳

今回の古墳めぐりの旅で一番コーフンした焼ノ峠(やきのとうげ)古墳。
今まで筑前町の古墳は仙道(せんどう)古墳しか知りませんでした。
仙道(せんどう)古墳は目指さなくても、
どこかへ行くときの通り道にあって目に入るので、
知っている人も多いと思いますが、
焼ノ峠古墳は目指さないことには行けません。
農地のまっただ中にあります。
女子たちを乗せたマイクロバスが狭い農道をくねくね進みます。
見えた!

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ああ、なんという眺め!
初めて見る前方後方墳です。感動すぎます!
昭和46年(1971)まで知られることのなかった古墳です。
昭和46年、農地改良事業の発掘調査で、
なんと九州最大、全長40mの前方後方墳であることが分かったのです。
あまりにも貴重な古墳ですよね。
そこで昭和50年に国の史跡指定を受けました。
古墳は丘陵の上にあります。
脇の階段を上っていきます。
とても古い古墳です。3世紀後半(古墳時代前期)。
前の方形はバチ型に少し開いています。
後方も北側が少し広くなっています。
前方は一段、後方は二段に盛り土されています。
この地方の豪族のお墓とされています。
とても眺めのよい場所です。

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周りは梨園に囲まれています。

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今も農業が盛んな肥沃な地。
当時もこの豊かな平野に多くの実りがあったので、
地域は栄え、このような豪族がいたのでしょう。
あいにくの雨でしたが、
4月5月にはあたりに梨の花が咲きほころび、
すばらしい墳ピクができる場所ですね。
古墳らぶ!

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同じく古墳らぶの女子たちが楽しそう。

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お墓なのに古墳はおおらかで明るい。
そこがとても惹かれるゆえんなのかも。。。
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2016年02月14日

きゅーはく女子考古部 番外編 筑前町古墳めぐりの旅 A 當所(とうしょ)神社

きゅーはく女子考古部 番外編 筑前町古墳めぐりの旅 第2は、
ここもみんなとは別行動で一人別コースとして案内していただいた當所神社です。
もともと熊野神社と呼ばれていたのですが、
祈願された方が宝くじが当たったということから
「當所(あたるところ)」の神として、
宝くじの当選祈願、幸福祈願の神社として近年人気を呼んでいます。

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境内にある参拝ノートには◯◯が当たりましたというお礼の報告が
たくさん書かれています。

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狛犬は筑後型プロトタイプと筑後型の中間のよう。明治のもの。

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もりもりっと筋肉質で胸板が厚いのが筑後型の特徴。
吽形の耳が立って筒状なのも。

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天忍穂耳尊(あめのおしほみみのみこと)を祀っています。

実は奥に古墳があります。

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6世紀後半のもので複室横穴式石室を持っていますが、
今は見ることができません。

◆當所神社/筑前町当所213-1
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2015年10月19日

2015秋:小郡ドライブ@九州歴史資料館

小郡に行くことになり、
それならばと、未だ行ったことがなかった九州歴史資料館に寄りました。
たどり着いたら、その立派な建物にびっくり。

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丁度、特別展の準備中で常設しか見ることができませんでした。
建物入口あたりは閑散としてましたが、
第4展示室では古代体験に、子どもたちが集まって、
いろんなことをやってました。
有料の「和同開珎を作ろう!」「瓦マグネットを作ろう!」。
無料の「拓本採り」「古代衣装試着」「鬼瓦・土器パズルに挑戦しよう!」
「土器パズル」「大宰府政庁復元模型パズルに挑戦しよう!」。
レプリカの銅矛や銅剣を持つことができるコーナーでは、その重さにびっくり。
バックヤード見学もでき、
お子様にいる家庭にもオススメ。
庭には各地の武装石人などのレプリカがが展示されていました。

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それにしても岩戸山古墳の石人たちは、
なんでヘタレ顔というか、のほほんとした顔をしているんでしょう?
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2015年10月14日

2015秋の糸島ドライブB釜塚(かまつか)古墳

糸島ドライブBは古墳第二弾、釜塚古墳です。
どうしてここをチョイスしたかというと、
だんだんの形が珍しかったから。

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北部九州最大級の円墳です。
場所は筑肥線加布里駅そばの市営住宅の中。
5世紀のもの。
周濠から全長約2mの石見型木製品が出土しています。

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石見型木製品とは古墳を邪悪から守るために立てられた祭具。
いかにも古墳時代っぽいデザインがイカしてます。
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2015年10月12日

2015秋の糸島ドライブ @ 平原歴史公園

昨日糸島までドライブしたんですけど、
詳細を少しずつアップしていきます。
まずは平原(ひらばる)歴史公園を目指しました。
駐車場に車を止めると、びっくり!

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予期せぬ満開のコスモスのお出迎え。
紅色、ピンク、白が混ざってとてもきれい。
そしてそして、その奥に見えている美しい形。
平原遺跡1号墳じゃないですか!
お初です。
平原遺跡は1965年に発見された弥生時代後期〜古墳時代前記の墳墓遺跡群。
1号墓(約1800年前)からは直径46.6cmという
古代で世界最大級の鏡「内行花紋鏡」を含む銅鏡40枚が出土したことで有名。
伊都国の王墓と考えられています。
倭国の前にあった伊都国。。。
どんな人が治めていたんでしょう。
こんなに大きな鏡と共に埋葬されるなんて。
この土地の持主がミカンの木を植えるための溝を掘ったら銅鏡の破片が見つかったということ。
公園の奥に古民家の屋根が見えたので寄ってみました。
旧藤瀬家住宅です。

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庄屋さんの建物。
1737年に建てられた九州の民家建築では最古の部類だそう。
自由に中に入って見ることができました。

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道端で見つけた。フウセンカヅラの実がかわいかったです。
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2015年06月30日

【読書memo】スソアキコのひとり古墳部

スソアキコのひとり古墳部 (コミックエッセイの森) -
スソアキコのひとり古墳部 (コミックエッセイの森) -

最近入部した某部活のメンバーの紹介で読んだコミックエッセイ。
読み出したらやめられなくて困った(笑)
貸し出しの予約があるのでその前にmemo。
作者のスソさんと同じように、一人で行動することの多いわたしです。
ひとり古墳部やってきたのでたのしい。
スソさんは公共の交通機関を使って、わたしは車でという違いはありますが。
この本はゆるーく古墳めぐりと、その喜びが描かれてます。漫画で。
では目を止めたところをピックアップ。
★上毛野(かみつけの)で作らていた鈴鏡(れいきょう)。
なんておしゃれなのー。
鏡の周りに6個の鈴がついています。
シャンシャン音の鳴る鏡。
★群馬県上毛野はにわの里公園内群馬県八幡塚古墳
もうなんでしょ。この古墳のデザインのすてきさ。
そして埴輪の愛らしさ。
純朴な人たちが作ったんだ、きっとって思わせます。
古墳を飾る動物たちがかわいいんです。馬とかあひるとか、イノシシとか鹿とか。
もう目が♡ですね。
★群馬県上毛野はにわの里公園内二子山古墳
ここ元の姿は白い石の葺石(ふきいし)で覆われ赤い円筒埴輪が並んでいたそう。
すごいすごい。大コーフン!
なんて斬新なデザイン。
白に赤のお墓ですよ。
★飛鳥の亀形石・酒舟石
このあたり学生時代にサイクリングで周りましたが、
謎めいていて、本当に興味深い。
なんて面白い構築物でしょう。
スソさんはときにはヤブをかき分け、ブヨの攻撃に顔を腫らします。
ほんとうにそうで面白い。
わたしも野原をサンダルで歩くだけで、草負けし、
かきむしってアレルギー状態になるので。
夢中になって見ていて車に戻ると、何箇所も蚊に刺されてるってのもしょっちゅう。
今は撮影するので、帰ってみたら日に焼け、そばかすだらけ。。。
★飛鳥資料館の石人男女像
抱き合った男女の石像。噴水施設で口から水を出してます。
★飛鳥橘寺の二面石
★吉備姫王墓(きびひめみこのはか)の猿石
不思議な顔だ〜。
とぼとぼ歩く古墳巡りの旅。
ときには歩き疲れてへとへとになりながらも、
数々の不思議に遭遇して大興奮の旅。
そういう漫画です。
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2014年10月13日

秋の朝倉路 「仙道(せんどう)古墳」

10月9日、秋晴れの日、
ニューカレドニアからのお客様と朝倉路を旅しました。
ここはその入口、筑前町の「仙道古墳」。
目的地の秋月へ向かう入口にあります。

6世紀の円墳。
古墳好きにはたまりません。
のどかな田園風景の中に出現するかわいらしい形。

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周囲を埴輪のレプリカが取り囲んでいます。

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内部の石室には幾何学文の装飾があります。
これは奥にレプリカが再現されています。
赤や緑の〇・◎・△の幾何学文。
シンプルな形。

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毎年、春・秋に装飾石室の一般公開をしているそうです。
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2011年04月21日

日拝塚古墳(ひはいづかこふん)

古代史が好き。
だから古墳も好き。

ということで、春日市の「日拝塚古墳」を訪ねました。

日拝塚古墳_1.jpg

古墳時代(6世紀前半)の前方後円墳です。
大宰府に政庁ができる以前の古墳。
前方部の一部は削られていて、現存する墳丘の全長は40メートル。
周溝を含めると全長56メートルに復元されています。
石室は奥行き3.6メートル、幅2.6メートル、高さ4メートル。
昭和4年に盗掘を受けています。
その後石室内から出土した副葬品は東京国立博物館に保管されてるとのこと。
まただ。。。地元にあってほしいなぁ。。。

6世紀前半、このあたりはどんな様子だったのでしょう?
この立派な古墳に葬られている人物とは???

明日は由布院にお呼ばれしたので、行ってきます。。。


posted by 理乃 at 21:39| Comment(2) | ★古墳らぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする