2020年06月23日

七夕神社

季節はどんどん移ろいゆき、
七夕も近づいてきました。
こちらは3月に行った小郡の七夕神社。

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正式名は媛社(ひめこそ)神社。
歴史は古く8世紀の「肥前風土記」の中に由来が出てきます。
その由来とは以下のとおりです。

「山道(やまじ)川の西岸に荒ぶる神がいて、
通行人の半分を殺していた。
そこで荒ぶる神が祟る理由を占うと、
“わが社を立てて宗像の珂是古(かぜこ)に祭祀を行わせよ。
そうすれば荒ぶる心は起こさない”という結果が出た。
珂是古は幡を掲げて祈祷し“神が私の祈祷を望むなら、
この幡は風に飛ばされて、その神のそばに落ちよ”と言った。
すると幡は媛社の杜に落下し、再び飛んで山道川のほとりに戻ってきた。
また珂是古は機織りの道具に押さえつけられる夢を見た。
これで神の場所と神が女神であることを知った珂是古が祭祀を行い。
人々は当地を安全に通れるようになった。ここからこの地を媛社と呼ぶ」

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ラベル:七夕神社
posted by 理乃 at 12:46| Comment(0) | 福岡県小郡市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月14日

大刀洗町の史跡見学@大原(おおはら)古戦場跡

今日は史跡解説員の研修の日でした。
いろいろ行きましたので、また少しずつ紹介します。
まずは小郡市役所隣の大原合戦跡。

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大原合戦は1359年7月から8月にかけて、
およそ6万人の北軍(少弐大友連合軍)と、
およそ4万人の南軍(懐良親王・菊池武光軍)が筑後平野を舞台に戦った合戦で、
両軍の死者は約2万5千人と言われています。

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勝利したのは南軍。
以後、菊池武光は懐良親王を奉じて、太宰府に征西府を置き、
10数年間、実権を握ったのでした。
短期間で平地でこんなにも多くの戦死者を出した合戦は稀で、
あたりにはいくつも戦跡が残っています。
このあたりは少弐軍の陣所の跡といわれ、
大原古戦場の石碑が建っています。

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posted by 理乃 at 17:58| Comment(0) | 福岡県小郡市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月19日

パン ネスト(小郡)

小郡で所要があったので、
「パン ネスト」に立ち寄りました。

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以前来た時はお昼時で、とにかく人がいっぱいで
駐車が困難でしたが、今日は大丈夫。
でも夕方なので、パンは少ししか残ってませんでした。

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人気店なので回転がよく、
このピザパンもまだ温かったです。
生地がパリパリして美味しい。

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明太フランスは外も中も明太が詰まってます。
posted by 理乃 at 00:11| Comment(0) | 福岡県小郡市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする