2015年01月31日

北島三郎最終公演

ひさしぶりに博多座へ行きました。
なんと、北島三郎の最終公演のチケットをいただいたのです。
初演歌ライブ観賞。。。

20150127北島三郎_1_1.JPG

まず会場入口の人だかりにびっくり。
北島三郎さんも78歳です。
行ったのは千秋楽の少し前。

第1部はお芝居「国定忠治」。
有名なお芝居だけど、初めてストーリーを知りました。
女将さん役は星由里子。
忠治って実在の人物だったんですね。
本名は長岡忠次郎。江戸時代に上州国定村で生まれた侠客(きょうかく)。
女房おふじを演じたのは星由里子。声がよく通ります。

第2部はヒットメドレー。
ご自分で曲も作ってるんですね。
最後の二つの仕掛けがすごかったです。
「北の漁場」は幕が開くと、舟が出現。
大量のスモークが客席まで流れてきます。
まるで大波に揉まれるように舟は右に左に上下に揺れます。
その舳先で歌います。
バックには大量旗を掲げて荒波の中をこちらに向かってくる船団。
ほんとに船団にまぎれこんでいるみたいで臨場感たっぷり。

フィナーレはお馴染み「まつり」。
この仕掛けがまた唖然とします。
太鼓を叩いているのはTAO。
巨大兜の上の金の鯱に乗って現れた北島三郎。
これは唐津のおくんちから想を得たのでしょうか?
兜の両脇には白頭と赤頭の巨大連獅子が動きます。
北島三郎が乗った鯱は客席までぐうっと迫り出します。
そこへレーザーが飛び交い、踊り子たちが踊り狂い。
席は二階左手の一番前だったのでレーザー光線を上から見下ろす位置で
それもすごかったです。あっけ。。。

ということで面白かった舞台でした。
でも最終公演の千秋楽も終わってしまったので、
もう見られるものではないので、
いただいたチケットに感謝。。。
posted by 理乃 at 17:12| Comment(0) | ★観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月06日

文楽

文楽大好きです。
福岡でも年末になると博多座で公演が行われます。
昨年末、楽しんだのは「仮名手本忠臣蔵」と
「日高川入相花王(いりあいざくら)」。

hakataza1.jpg

「日高川入相花王」では安珍を追いかける清姫が
大蛇となって川を渡るシーンがドラマチック。

太夫、三味線、人形遣いが一つになって、
物語を奏でます。

太夫とは浄瑠璃語りのこと。
情景描写からさまざまな登場人物を
ただ一人で語り分けます。
激しいシーンが続くと、
たった一人で本当に大変、
体力を消耗するだろうなと感心します。

人形は3人で操ります。
主遣い(おもづかい)が首と右手、
左遣いが左手、
足遣いが脚を動かします。
主遣いは顔を出していますが、
左遣いと足遣いは黒衣姿です。

「日高川入相花王」は、
安珍と清姫の道成寺伝説を題材とした五段続きの時代物。
「渡し場の段」が最も有名で、
博多座で上演されたのもこの段でした。

十世紀、朱雀天皇の時代。
弟の桜木親王に皇位を譲ろうとする天皇に対し、
皇位を狙う別の一派が親王の命を狙います。
親王は安珍と名を変え追っ手から逃れていました。
やがて、熊野の真那古庄司のもとにたどり着いた親王は、
恋人と道成寺へと向かいます。
庄司の娘、清姫は安珍に恋して後を追い、
道成寺の近くの日高川に差し掛かります。
川岸の船に川を渡すように頼む清姫。
しかし安珍は清姫が来ても川を渡さないように
船頭に頼んでいたため、船頭は船を出しません。
嫉妬に狂う清姫は川に飛び込みます。
そして大蛇となって川を渡るのです。
凄まじいその執念の世界に観客は引きこまれます。

こういう情念の世界を
日本人は好んできたのでしょうね。

さて、歌舞伎も文楽も休憩時間があり、
その時間お弁当を食べるのが習慣です。
お目当てのお弁当は劇場についたら、
まず予約しておきましょう。

今回いただいたのは料亭老松のおにぎり弁当。

hakataza2.jpg

ほんとは別のがよかったのですが、
出遅れてしまいました…。

料亭老松といえば昭和2年創業。
全国の著名人や財界人に支持されてきたという博多の老舗料亭です。
一見さんはお断りだったでしょうか?
訪れた経験はありません。
でも、この「おにぎり弁当」、
一つひとつのおかずの味付けが良く、
美味しかったです。
皆様はどこのお弁当を食べてらっしゃるのかしら?
わたしは軽くサンドイッチということもあります。

今年の年末もできることなら文楽を見たいと思ってます。
一番チープなお席は2000円。
双眼鏡を持っていけば充分楽しめます。
ラベル:文楽 博多座
posted by 理乃 at 12:48| Comment(0) | ★観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月06日

古代の仮面劇「伎楽」

伎楽(ぎがく)が大好きです。
といっても伎楽って、あんまり見る機会がないですよね。
わたしも見たのは2回目。

今回は九州国立博物館で開催されている「未来への贈りもの〜中国泰山石経と浄土教美術」の関連行事として行われた公演(6月2日)を見たのです。
前から2番目で見られたのでラッキーでした。

gigaku.jpg
(九州国立博物館へ通じるトンネルの動く歩道。光が七色に変化します。)

伎楽とは古代の仮面劇。
中国や日本(飛鳥時代〜奈良時代)で演じられていました。
日本書紀によると日本伝来は612年。
百済人の味摩之(みまし)が伝えたとのこと。
奈良時代の大仏開眼供養(752年)に上演され、
正倉院にはその際に使用した伎楽面が残っています。
太宰府でも新羅からの使節などを歓待するために上演されていました。
伎楽は廃れていましたが、近年復元。

太宰府の観世音寺に残る伎楽面を見て、
なんて面白いお面だろうとかねがね思っていたので、
今こうして復元されたものを見られることをうれしく思っています。

今回の出し物は玄奘が主人公の創作劇「三蔵法師」。
演じたのは伎楽の研究をしている天理大学雅楽部の学生たちです。


仏典を求めてインドへ旅する玄奘の物語がとても分かりやすく演じられます。
砂漠で獅子に襲われたり、
西域で酔胡王に酒宴に誘われたり、
飢えと乾きに倒れたところを救われたり、
波乱万丈の旅の果て、
インドで仏教を学びます。
帰国したのちは仏典の翻訳に取り組むのです。

伎楽面は頭からすっぽりかぶるもので、何とも面白いもの。
動きも独得。笛や鼓や銅鑼が音楽を奏でます。
京都で作られたという古代の衣装も素晴らしい。
古代の色は自然のものばかりを用いて染められており、
その豊かな色合いがすてきです。
本来は無言劇ですが、僧侶が声明でストーリーを語ります。

見る機会の少ない伎楽ですが、
来年5月5日、玄奘ゆかりの寺、奈良の薬師寺で行われる「玄奘三蔵会大祭」行けば見ることができます。
三蔵法師役は有名な俳優が演じるようです。
薬師寺といえば世界遺産。
どうせ行くなら5月5日の伎楽上演に合わせてがおすすめです。

ラベル:伎楽 薬師寺 玄奘
posted by 理乃 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | ★観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月04日

チェルフィッチュの「三月の5日間」

5月2日、イムズで「チェルフィッチュ」という演劇ユニットの「三月の5日間」という芝居を見ました。

チェルフィッチュってセルフィッシュを幼児語風にした造語。

この「三月の5日間」は第49回岸田國士(くにお)戯曲賞受賞作品ということ。
東京で注目を集める岡田利規(としき)の演劇ってどんなもの?と見に行きました。

舞台に立った二人のスタッフらしき人物が何やら話し始めました。
いえいえ、スタッフではなく役者だったのです、これが。
舞台というより、何ていうか日常が即繋がった空間という感じでの上演です。
で、話し出した言葉がフツーの若者言葉。
「っていうかー」「分かんないけどね」なんていう会話が続きます。
日常の続きだからBGMはありません。衣装もごく普通の若者が着ている自前の服みたいな。

二人のフリーターの男女が六本木のライブハウスで出会い、
ラブホテルで5日間を過ごし、名前も聞かず別れるというストーリー。
その5日間の間にイラク戦争が始まり、別れたあとも戦争は続きます。
ほかの登場人物の中にはデモに参加する若者もいます。
でも先頭で頑張ってる人じゃなくて、最後尾であとだけくっついていってるって人たちですけど。
エルザはもう一つの伏線の、彼女と映画を見に行こうとチケットを買った男が、
彼女と行けなかったものだから、映画を見に来た別の女の子にチケットを買ってもらって、映画を見たあとちょっと会話する、そのチケットを買ったミッフィーさんって女の子がよかった。
あ、ミッフィーさんというのはハンドルネームです。
(なんか舞台の口調っぽくなっちゃってます)
ミッフィーさんはチケットを買った男の子にちょっと心がときめくのですが、
自分だけ盛り上がっちゃっただけで、結局撃沈しちゃって家に帰ります。
そして一人の部屋で自己嫌悪して火星へ行きたいと思います。
どうせ地球はいがみあいだらけで、戦争で劣化ウランはばんばん落とすし、
住めなくなって火星へでも避難しなきゃならなくなると言います。
このミッフィーさんを演じた役者さん面白かったな。

なかなか上手くいかない人間関係。
そして繰りかえされる戦争。
今の若者がまだまだ現役のときに石油は枯渇するだろうし…。

近くの日常と遠くの戦争。
まったく戦争を考えないわけじゃなくて、
何でもない日常を確かに侵しにくる戦争というものを何となく感じている若者たち。
でも自分たちはフリーターして、
人と繋がったり繋がれなかったりして生きていくしかないわけで、
そういう等身大の若者がここにいるって感じの演劇を見たって感じでした。


posted by 理乃 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ★観劇 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする