2018年07月29日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅L 西林寺

ついに「糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅」のラストです。
志摩御床にある西林寺は観世音寺の49院の一つ。

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観世音寺の荘園だったこの地区で寺務に当たっていた宗顕が
退官後もこの地に留まり、惜しまれつつ亡くなったことから、
塚を築いて開かれたお寺。
恵心僧都源信の作と伝えられる国指定重要文化財の
木造阿弥陀如来坐像があります。

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そして阿弥陀如来像の前に置かれた床鉄は、
観世音寺創建時に金堂本尊として中国から運ばれてきた
阿弥陀仏を置いていたものといわれます。

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観世音寺の阿弥陀仏は1586年の岩屋城の戦いのとき、
島津軍によって刀の鍔にされてしまったそう。
今はこの地に残された床鉄を見て、
その上にあった金箔を施された立派な阿弥陀仏を想像するのみです。

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境内にニワナナカマドが咲いていました。

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2018年07月28日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅K 国史跡 新町支石墓群

志摩新町の引津湾そばの「新町支石墓群」は
糸島が古代から栄えたところであることを実証します。
弥生時代のお墓が57基も出土しました。

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人骨は縄文人の特徴があり、
磨製石鏃が刺さった状態の人骨もありました。


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弥生時代の社会が分かる重要な遺跡ということで
平成12年に国史跡に指定。
隣接する御床松原遺跡から出土した貨泉と共に
平成15年、福岡県有形文化財に指定されています。
※支石墓:ドルメン。大きな石を数個の支石で支える墓。

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糸島富士(可也山)とチガヤ

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ヒメジョン
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2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅J 日吉神社

観世音寺荘園があった志摩久家の「日吉神社」。

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祭神は大己貴命、少名彦命、事代主命です。
火災に遭って新しい社になっています。

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武蔵鐙が咲いていました。
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2018年07月25日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅I 代官屋敷跡

ここも重要ポイント。
観世音寺の荘園を管理していた代官屋敷跡です。
熊野神社の参道から入ります。
今は住んでらっしゃらないのですが、個人宅です。
小さな石段を登って行きますが、ムカデが出てきました。
マムシもいるそう。
ですから普通は入れません。

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代々の代官がここにいたかと思うと歴史の重みをずしりと感じます。
船越湾を見下ろす高台から、入ってくる異国の船を見張っていたのでしょうか?
忘れられたかのような地ですが、
大宰府と直結した重要な地が糸島にありました。

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美しい紫陽花がひっそりと咲いていました。
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2018年07月24日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅9 林香庵跡

志摩久家(くが)の林香庵跡は今回の旅でも重要なところでした。
林香庵は観世音寺の子院と言われています。

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林香庵

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林香庵中の小さいけれど姿のよい仏像

付近に草に埋もれるように建っていたのは、
代々の観世音寺別当の墓石です。

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時が音を立てて遡るような地です。
何も語らない摩耗した墓石たち。
そこに堆積する歴史を想像できない無力を感じました。

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2018年07月23日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅G 志摩歴史資料館

「ふーど工房しまうま」で食事をしたあとは
目の前の「志摩歴史資料館」へ行きました。

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旧志摩町から出土した考古資料を保管・展示するため、
平成8年に開館した施設です。
糸島半島はかつては今と異なり、
半島というよりほとんど島だったらしい。

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日本最古の戸籍や中国の古い貨幣、貨泉も展示されていました。

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2018年07月06日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅F ふーど工房しまうま

お昼ご飯は志摩歴史資料館前にある健康福祉センター「ふれあい」内の
「ふーど工房しまうま」でいただきました。
「ふーど工房しまうま(志摩美味)」はコミュニティ・レストラン。
NPO法人「食が紡ぐいのちの輪」が主体となって運営しています。
地産地消、安心安全の手作りの料理。
日替わりしまうまランチ(サラダ付き)は700円。
第2・第4木曜日はランチバイキングがあって、
シニアは1000円、中学生以上は1200円。

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糸島らしく赤米ごはん、タケノコのフライも美味しかったです。
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2018年06月24日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅E 支登(しと)神社

支登神社は糸島にただ一つの延喜式内社。

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延喜式内社とは905年にまとめらた延喜式神名帳(じんみょうちょう)に
記載された官社指定の神社のこと。
支登神社は今は内陸にありますが、
かつてはこのあたりでかろうじて糸島半島は陸地とつながっていて、
両側は海でした。
そばには「志登支石墓(しせきぼ)群」という遺跡があります。
支石墓とは石柱の上に石の屋根を載せたお墓でドルメンのようなもの。
支登神社はに祀られているのは海の神様、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)。
豊玉姫はイザナギ、イザナミの間に生まれたオオワタツミノカミの娘。
ニニギノミコトとコノハナノサクヤビメとの間に生まれた山幸彦と結婚して
ウガヤフキアエズを生みます。
出産の際にワニ、あるいは龍の姿になったのを
山幸彦が約束を破って見たため
ワタツミノカミの国へ帰ります。
ウガヤフキアエズは豊玉姫の妹である玉依姫が養育し、
後に玉依姫神との間に神武天皇をもうけると記紀にあります。
支登神社の拝殿は新しいもの。
2014年の火災ののち、いち早く再建されました。
明治30年代には可也山地震でも崩壊しています。
本殿裏の灯籠に開けられた穴は夏至の日の出方向にあり、
ここから光が本殿に差し込むのだとか。
光を崇拝していた古代の匂いを感じます。

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大石大神。
神池に架けられていたが膝が悪い人が橋の上で足が立ったという伝説があります。
そこで萬病平癒を願って祀られています。

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太陽観測石

古代の薫り。

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由緒

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再建委員会の想い

(つづく)


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2018年06月23日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅D 戒壇院の和尚たちの墓石

戒壇院の唯一の末寺で隠居寺だった興福寺。
大師堂には戒壇院の和尚たち十代にわたるご位牌が残っています。
実は墓石も残っています。
それはM氏の案内がなければ行けない場所。
裏山です。
裏山には古墳があり、墓石はその上にひっそりとありました。

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裏山へ続く道

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古墳の上に墓石

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登ってきた道を振り返ると古墳の横穴が。
穴の奥に納骨されたのだそう。

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2018年06月19日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅C 興福寺

戒壇院は近世に入って博多の禅寺が管理するようになりました。
そこで律宗と禅宗の確執が生じ、
律僧は興福寺に隠居。
興福寺にはその位牌があります。
興福寺は戒壇院の唯一の末寺で、隠居寺でしたが、
18世紀後半に戒壇院との本末関係はなくなりました。
現在の 興福寺は雷山千如寺(真言宗)の末寺です。

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大師堂

空襲で本堂は被災。被災後の本堂を移築したのが今の大師堂です。

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戒壇院と同じ碑

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戒壇院の延命地蔵尊と同じタイプのお地蔵さま

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大師堂の御本尊

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隠居した和尚たちの御位牌

本尊左側の十一面観音立像が美しいと思いました。

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十一面観音立像

これは戒壇院から隠居してきた運照律師が
仏師正慶(照慶)を京都から招き、
1717年に奈良長谷寺の十一面観音像の姿を模して、
当地の樟材で造らせたものだそうです。

◆興福寺:糸島市香力190

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2018年06月18日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅B三雲南小路遺跡

伊都歴史資料館で展示されていた甕棺が出土した遺跡です。

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1822年、三苫清四郎が住宅の土塀を築こうと
南小路の畠の土を取ろうとして偶然発見したもの。
1974年(昭和49年)の再調査時に「2号甕棺(王妃墓)」が発見され、
平成の調査で周溝を持つことが判明。
方形周溝墓で、甕棺を2器を添えるように置いた墓とされています。
西側の周溝に祭祀跡の痕跡あり。

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※ウィキペディア参照
◆三雲南小路遺跡 :糸島市三雲453
posted by 理乃 at 18:33| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月12日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅A 伊都歴史資料館

ずっと行けなかった「伊都歴史資料館」。

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ついに今回の旅で行けました。
ここはただものではない伊都国に
惹きつけられる出土品を見ることができます。
平原遺跡は弥生時代後期から終末期の5基の周溝墓群を合わせた名称。
その 1号墓の「王墓」は「女王墓」ではないかといわれています。
中でも王墓から出土した40面の一つ、
大型内行花文鏡(ないこうかもんきょう/直径46.5センチメートル、重さ8キロ/国宝)は国内最大の鏡!
これを見ずしてどうしよう?です。

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レプリカ

平原王墓の発見当時の状況を原寸大で復元した模型もあります。

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「魏志倭人伝」に登場する伊都国とはいかなる国だったのか?
「魏志倭人伝」にはこう記載されています。
「末廬國から)東南へ陸を500里行くと伊都國に到る。
そこの長官を爾支(にし、じき)といい、
副官は泄謨觚(せつもこ、せつぼこ)・柄渠觚(ひょうごこ、へいきょこ)という。
1000余戸の家がある。
世々(丗)に王があるも、みな女王國に統べて属する。
帯方郡(たいほうぐん)の使者が往来して、
ここに常にとどまる場所である」
『魏志倭人伝』の中で王がいたと書かれているのは
伊都国、邪馬台国、狗奴国で、
他の国々には長官、副官などの役人名しか書かれていません。

平原王墓以前の王墓である三雲南小路(みくもみなみしょうじ)遺跡の甕棺なども展示。

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古代ファン必見の歴史資料館です。
posted by 理乃 at 17:26| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月10日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅@怡土城

M氏が案内する糸島の旅。
今回もディープすぎて消化不良です。
太宰府ブックカフェの準備から解放されたので、
振り返って学び直したいと思います。
立ち寄った順番に紹介していきますが、
最初は怡土城。
松本清張作「眩人」にも登場する吉備真備。
遣唐使として在唐18年、
帰国して朝廷で活躍するも、
勢力争いの中で疎んじられ、
筑前守次いで肥前守に左遷されます。
さらに再び遣唐副使を命じられ入唐。
なんとか無事帰国すると大宰大弐として大宰府へ左遷。
756年に新羅に対する防衛のために怡土城を築きます。
怡土城は高祖山(標高416メートル)の西斜面に756年から768年にかけて築城されました。
大野城のような朝鮮式山城ではなく、
唐で学んだ真備らしく中国式山城となっています。
764年に東大寺建設で長官として呼び戻された真備に替わって
佐伯今毛人(さえき の いまえみし)が築城を担当しています。
怡土城は高祖山の西斜面にたすき状に築かれ、
北西尾根線上・南西尾根線上に望楼跡が、
西山裾に南北約2キロメートルの土塁線が残っています。
怡土城の築城については『続日本紀』に記載されています。

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中世になると原田氏が怡土城を再利用して高祖城を築城しました。
今も残る土塁跡に感動!
かつては濠もあったのだとか。
ここは大鳥居口。
城門があったところで、
土塁上には記念碑(怡土城址碑)が建てられています。

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※ウィキペディア参照
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2015年10月18日

2015秋の糸島ドライブE櫻井神社

糸島ドライブ、ラストです。
最後に立ち寄ったところは櫻井神社。
創建のいわれは、慶長15年(1610)六月、大雷雨が起こり
突如電光一閃のうちに岩戸神窟が開きご神霊が顕現。
それから霊験あらたかなことがいろいろ起こり、
それを聞いた福岡藩二代目藩主黒田忠之公が
寛永9年(1632)に社殿を創建したとのこと。
 ※櫻井神社HP参考
年に一度7月2日、午前4時に岩戸開きが厳粛に行われ、
神事ののち一般の参拝客も岩戸神窟の中に入ることができるのだそう。
楼門もすばらしい神社でした。

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2015年10月17日

2015秋の糸島ドライブD「工房とったん」

一度行ってみたかった製塩所「工房とったん」。
糸島に行ったら、やっぱり海も見ておきたい。

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海辺に沿ってのドライブは気持ちいい!
駐車場に車をとめたら少し歩きます。
すると道が開け、そこには廃材と流木で作った
手作り感あふれる基地のような建物が。
はしごをかけた屋根の上にみんながいたりします。
あれあれ、面白い〜。
突端には立体式の塩田があります。
海水を組み上げ、立体塩田の上から木を伝わせて製塩しているようです。
続く小屋では大きな釜で海水を炊いています。
見学し放題の自由さ+ドリンクとフードを販売。
噂の塩プリンをいただきます。

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なんだろ?塩プリンって?
プリンに塩の結晶が振りかけてあるんです。
これがね、美味しいんです。
ジャリジャリっていうお塩の食感と、
とろ〜りととろけるように柔らか濃厚なプリンの甘みがマッチ。
海の前の大きなベンチに座っていただきます。
炭酸で割ったトマトジュースも美味。
太陽に照らされて眩しかったけど、
塩の香りと共にいただく塩プリン、たまりません。
しばらく寝そべって海を眺めて帰りました。
塩の結晶を買って、食卓で使ってますが、
塩だけど最後に甘みが残る、そんな塩です。

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2015年10月13日

2015秋の糸島ドライブA「古材の森」

糸島ドライブAは今回の旅の目的、ご縁があって訪れた「古材の森」でのランチです。
「古材の森」は唐津街道旧前原宿にある豪商西原家が建てた
築約110年の町家を利用した地産地消の食事処でイベントもやっています。

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経営をしているのは太宰府市に本拠がある油機エンジニアリング梶B
この夏、太宰府伝説の旅のイベントを行った会社です。
油機エンジニアリング鰍フお仕事は建物の解体機材のレンタル。
ある古民家の解体を依頼された、それがこの西原家の建物でした。
明治34年に建てられた建物はあまりに立派で、歴史的な価値が高く、
前原宿の景観を残すうえでなくてはならないと考え、
壊さずに活かせないかという選択を取ったのです。
そうして修復し2005年から「古材の森」と名付けられ、
地域の拠点として新たな歴史をスタートさせました。
ワークショップやコンサート、落語、町並み散策などを企画開催、
先日は「ふたりのピアフ」の公演が行われたばかりです。
さあ、こんな心意気のお食事処、おいしくないはずがありません。
糸島の食材を使った薄味で上品なお料理はからだに優しいものばかり。

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デザートの美味しさがまたたまりません。
この日はチェリーのタルトとキャラメルムースでした。

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和の部屋ですが、テーブル席があるので、足の悪い方も大丈夫。
糸島で落ち着いたお食事処をお探しなら、
オススメのスポットです。

★古材の森
福岡県糸島市 前原中央3丁目18-15
TEL:092-321-4717
posted by 理乃 at 17:39| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月04日

糸島ドライブ その1 畑で芋掘り

友人のAさんと糸島ドライブに出かけました。
なかなか会えないAさんにやっと会えて
楽しい時を過ごしました。
中央区に住むAさんを迎えにいって、いざ出発!

おしゃべりしながらだと糸島もあっという間についてしまいます。

行き先は畑!?
Aさんが畑を借りていて、野菜などを作っているのです。
そこへ初めて連れて行ってもらったという次第です。
農作業とはまったく縁のないわたし。
初めての体験だらけです。

メーンはじゃがいも掘り。
もちろん初めて。

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上の部分を引っこ抜いたら、
あとはちょっと手で掘り掘りするだけで
こんなふうにジャガイモが出てきます。

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で、またたくうちにこんなに掘りました。

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これはオレガノ。

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これは何だと思いますか?
ズッキーニなんです。

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ズッキーニってこんなふうに放射線状に生るのだって初めて知りました。

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これは黄色のズッキーニ。

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こんなにいただきましたわーい(嬉しい顔)

帰ったその日にジャガイモは
Aさんのアドバイスでハチクと煮込んでみました。
やわらかくてみずみずしいジャガイモで最高!
ありがとうAさん!

今日はズッキーニを
同じく畑で収穫していただいて帰ったニンニクと炒めたら
これもまた甘くて、
今まで食べたズッキーニの中で一番美味しかったです!

わたしにとっては楽しい収穫体験でしたけど
ここまで育てるのって大変だろうなぁ。

次回はランチのご紹介です(^_−)−☆


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2008年05月30日

志摩町の空豆

志摩町に住む画家さんを訪ねました。

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のどかな加布里湾に沿って
車を走らせます。

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お別れぎわ、画家さんは
広いお庭で育てた空豆を収穫してお土産にくれました。

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採れたて空豆は
皮をむくと、皮の内側がふかふかの綿のよう。

さっそくゆがいていただきました。
なんて柔らかい空豆でしょう。
買ってきた空豆は、
もっと皮がかたいという感じですが、
これは違います。
志摩町の自然が育んだ初夏のご馳走ですね。

さて、加布里湾には泉川という川が注ぎ込んでいます。

7月中旬〜下旬、泉川の岸辺にはハマボウの花が咲きます。
ここはハマボウの群生地なのです。

ハマボウは千葉県以西から沖縄、朝鮮半島の海岸沿いや
河口付近の干潟の陸側や湿地帯に生育します。
黄色い花で中心は赤褐色。
干潟の減少や海浜部の造成のために生息地は減少していて、
多くの県で絶滅危惧種とされています。

残念ながらわたしはまだハマボウの花咲く時期に
泉川を訪れたことはありません。
いつか見られたらうれしいのですけど…。
ラベル:志摩町 そら豆
posted by 理乃 at 01:13| Comment(0) | 福岡県糸島市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする