2020年11月01日

古材の森&白糸の滝

「古材の森」で3日まで開催中の「Itoshima印象派展 宮田ちひろ絵画展」を見に行ってきました。

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明るい色彩で描かれた糸島の風景はすがすがしく、
心地よかったです。

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町家御膳。
特製ケーキと珈琲付。
+500円で糸島でとれたお刺身付き。
さすが糸島の地魚。新鮮そのもの。

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ついでに白糸の滝まで足を延ばしましたが、
巨大な岩盤を幾筋にも分かれて流れ落ちる景観が素晴らしく、
マイナスイオンが降り注ぐ、
とても気持ちのいい場所でした。

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2020年09月08日

2020.8.25伊都国巡りI雷山の山野草

伊都国巡りのラストは雷山で目にした山野草たちです。
山に咲く山野草も秋の気配。
悠久の伊都国の歴史はただただ興味深いばかり。
次回の史跡巡りをまた心待ちにして。

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キンミズヒキ

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クルマバナ

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ヤブマオ
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2020年09月07日

2020.8.25伊都国巡りH雷(いかづち)神社

雷山の中腹に鎮座する雷神社。

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上宮は山頂付近にあります。
ここは中宮で下宮は雷山千如寺付近にあったということ。
かつては女人禁制でした。
日照りが続いた年には雨乞いの祈祷が行われました。
今、雷山千如寺にある十一面千手千眼観世音菩薩はここにあったものということ。
境内にある天然記念物の千年杉や樟の大木は見事です。

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樹齢900年以上の公孫樹が色づくころは、
より一層神秘的な雰囲気に包まれるのでしょう。

ラベル:雷神社 雷山
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2020年09月06日

2020.8.25伊都国巡りG雷山千如寺大悲王院

大楓で有名な雷山千如寺に行ったのは40年ぶりくらいでした。

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さすが、古代に栄えた国があった糸島。
寺伝によればとんでもなく古いお寺です。
仏教伝来以前の成務天皇48年(178年)、
天竺(インド)の僧、清賀が渡来し、
開創したとされています。
鎌倉時代には元寇に対する祈祷寺院となり、
再盛期には300の坊があったそうです。
雷山は雷神を祀る中宮のほか、上宮、下宮があり、
三宮を司っていたのが千如寺で、神仏習合の山でした。
明治維新の神仏分離令で中宮にあった仲之坊は廃寺。
本尊をはじめ仏像、古文書などは大悲王院に移されました。

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本尊。十一面千手千眼観音像。鎌倉時代。丈六仏

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開山堂への階段

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五百羅漢

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開山堂。国宝富貴寺大堂の様式を参考に、平成2年に再建されました。

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開山堂。内陣には清賀上人座坐像が安置されています。
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2020年09月05日

2020.8.25伊都国巡りF不動池

貯水地不動池は雷山神籠石が取り囲んでいます。

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北水門から道を南へ行きます。
フェンスの脇から中に入り進むと、
土手があるので、
そこに至る草に埋もれた幅の狭い階段を上っていきます。

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土手の上にたどり着くと不動池が見渡せました。

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不動池の碑

奥に密かに人気の水に浸かった樹々が見えています。

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2020年09月04日

2020.8.25伊都国巡りE雷山神籠石

このところの史跡巡りで一番感動した雷山神籠石。
意外にもけっこう近くまで車で行けます。

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ここまで車で行けます。

神籠石は九州地方から瀬戸内地方で見られる
石垣で区画した列石遺跡。
『日本書紀』や『続日本紀』に記載がなく
遺構でのみ存在が確認される山城です。
雷山神籠石は東西300m、南北700mほど。
谷の南北に築かれた水門とそれから東西に延びる列石群を見ることができます。

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北水門

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北水門

とてつもなく古い遺構でありながら、
美しい形で残っていることに感心しました。
誰がなんのために造ったのか、興味が尽きません。

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2020年09月03日

2020.8.25伊都国巡りD西行返り

平原遺跡から雷山方面を目指します。
雷山千如寺に行く手前のバス停雷山入口に西行返りという石碑があります。

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雷山へ続く山道を歩いていた西行。
休んでいると上から降りてきた子どもが「冬しげる 夏枯れ草の 根を刈りに」と言いました。

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和歌の下の句を求めていると気づいた西行。
でも子どもの姿はかすみ、山の中へ消えました。
下の句に即答することができず恥じた西行は、
子どもは雷山の千手線眼観音の化身で西行のうぬぼれを諌めたのだと思い、
雷山へは登らず引き返したという伝説があるのです。
石碑の側面に「冬しげる 夏枯れ草の 根を刈りに」という句が彫られています。

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2020年09月01日

2020.8.25伊都国巡りC平原(ひらばる)遺跡

平原(ひらばる)遺跡は伊都国王墓と考えられる1号墓を中心とした墳墓遺跡で、
昭和40(1965)年に発見されました。

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1号墓は14メートル×12メートルの四隅が丸い長方形で
その中央に木棺を埋葬。
弥生時代終末期(約1800年前)のものと推定。
副葬品は銅鏡40枚、鉄刀1本、ガラス製勾玉やメノウ製管玉などの玉類。
出土品は文化庁が所有し、伊都国歴史博物館が保管しています。
銅鏡にはなんと直径46.5センチメートルの内行花文鏡が5枚も!
日本最大の銅鏡です。
ひとつの墓から出土した銅鏡の枚数も弥生時代としては日本一!
被葬者は副葬品に武器がほとんどないこと、
ネックレスやブレスレットなどのアクセサリーが多いことから女性だと考えられています。
1号墓の東側には直径70cm、高さ20mの大柱が立てられていたとのこと。
王墓から見て東の太陽が昇る方向のため太陽信仰に関係するものとも考えられています。
とんでもなく重要な古代遺跡ですね!

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*糸島市HP参照
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2020年08月31日

2020.8.25伊都国巡りB細石神社

三雲南小路遺跡のすぐそばにある細石(さざれいし)神社は
伊都国の中心部にあります。。

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木花開耶姫命(このはなのさくやびめ)と
磐長姫命(いわながひめのみこと)を祀っています。
君が代の起源がここにあるという説も。
必見なのは東を向くロケーション。

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朝日が昇る日向峠を向いていて、
今も残されている景観が
古代の太陽崇拝の息遣いを感じさせてくれるよう。
なにはともあれ、とても気持ちのよい風景です。
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2020年08月30日

2020.8.25伊都国巡りA三雲南小路遺跡

伊都国歴史博物館を見たあと三雲南小路(みくもみなみしょうじ)遺跡を訪ねました。

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この遺跡が最初に発見されたのは江戸時代のこと。
発見当時の様子を記録した「柳園古器略考」(青柳種信)には、
甕棺の大きさは高さが90センチメートル以上、
直径60センチメートルほどもある巨大なもので、
その巨大な甕棺が二つ、口を合わせて埋められていた(1号甕棺)とあります。
中からは銅鏡35面、銅鉾2本、勾玉1個、管玉1個、璧1枚が出土したのですが、
これらの出土品ほとんど紛失!
銅鏡1面と銅剣1本が聖福寺に伝わっていて国の重要文化財に指定されています。
その後発掘されたのは昭和50年(1975)のこと。
新たに2号甕棺が発見されました。

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伊都国歴史博物館新館3階に展示されている三雲南小路王墓から出土した巨大な2号甕棺

2号甕棺も高さ120センチメートル、
直径が90センチメートルの巨大な甕棺二つを口を合わせたものでした。
副葬品として銅鏡22面以上、碧玉製の勾玉1個、ガラス製の勾玉などが出土。
銅鏡はすべて中国製。

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この墓は約2000年前に造られたものと考えられています。
2基の甕棺の周りは周溝があり、甕棺は墳丘の中に埋葬されたと考えられています。
墳丘は東西32メートル×南北31メートルの正方形をしていたと推定され、
弥生時代の墓としては巨大で伊都国王のもので、
1号に王が、2号に王妃が埋葬されたと考えられます。
2000年も前に栄華を極めた伊都国とはどんなものだったか興味が湧いてきます。

*糸島市HP参照
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2020年08月27日

2020.8.25伊都国巡り@伊都国歴史博物館

8月25日、38.5度という猛暑の糸島。
アッシュ倶楽部という史跡巡りの仲間と伊都国巡りをしてきました。
まずは「伊都国歴史博物館」から。

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伊都国とは『魏志倭人伝』に書かれた倭国の国の一つ。
末廬国から陸を東南に500里進んだ地にあったとされます。
伊都国歴史博物館3階の展示室には
国宝指定の平原遺跡(ひらばるいせき・約1800年前に築造)出土の銅鏡、
勾玉、平原王墓発見状況の原寸大模型などが展示されています。

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平原王墓発見状況の原寸大模型

銅鏡40面は鏡背文様から方格規矩鏡(ほうかくきくきょう)32面、
内行花文鏡(ないこうかもんきょう)7面、
四螭鏡(しちきょう)1面となっています。
内行花文鏡7面分のうち5面分は径46.5センチメートルの大型鏡で日本一の大きさ!
これだけで伊都国の重要性が分かるというものです。

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内行花文鏡

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内行花文鏡

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美しいガラスの勾玉

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怡土城(いとじょう / いとのき)レプリカ

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怡土城近くで出土した鬼瓦
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2018年07月29日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅L 西林寺

ついに「糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅」のラストです。
志摩御床にある西林寺は観世音寺の49院の一つ。

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観世音寺の荘園だったこの地区で寺務に当たっていた宗顕が
退官後もこの地に留まり、惜しまれつつ亡くなったことから、
塚を築いて開かれたお寺。
恵心僧都源信の作と伝えられる国指定重要文化財の
木造阿弥陀如来坐像があります。

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そして阿弥陀如来像の前に置かれた床鉄は、
観世音寺創建時に金堂本尊として中国から運ばれてきた
阿弥陀仏を置いていたものといわれます。

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観世音寺の阿弥陀仏は1586年の岩屋城の戦いのとき、
島津軍によって刀の鍔にされてしまったそう。
今はこの地に残された床鉄を見て、
その上にあった金箔を施された立派な阿弥陀仏を想像するのみです。

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境内にニワナナカマドが咲いていました。

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2018年07月28日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅K 国史跡 新町支石墓群

志摩新町の引津湾そばの「新町支石墓群」は
糸島が古代から栄えたところであることを実証します。
弥生時代のお墓が57基も出土しました。

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人骨は縄文人の特徴があり、
磨製石鏃が刺さった状態の人骨もありました。


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弥生時代の社会が分かる重要な遺跡ということで
平成12年に国史跡に指定。
隣接する御床松原遺跡から出土した貨泉と共に
平成15年、福岡県有形文化財に指定されています。
※支石墓:ドルメン。大きな石を数個の支石で支える墓。

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糸島富士(可也山)とチガヤ

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ヒメジョン
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2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅J 日吉神社

観世音寺荘園があった志摩久家の「日吉神社」。

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祭神は大己貴命、少名彦命、事代主命です。
火災に遭って新しい社になっています。

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武蔵鐙が咲いていました。
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2018年07月25日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅I 代官屋敷跡

ここも重要ポイント。
観世音寺の荘園を管理していた代官屋敷跡です。
熊野神社の参道から入ります。
今は住んでらっしゃらないのですが、個人宅です。
小さな石段を登って行きますが、ムカデが出てきました。
マムシもいるそう。
ですから普通は入れません。

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代々の代官がここにいたかと思うと歴史の重みをずしりと感じます。
船越湾を見下ろす高台から、入ってくる異国の船を見張っていたのでしょうか?
忘れられたかのような地ですが、
大宰府と直結した重要な地が糸島にありました。

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美しい紫陽花がひっそりと咲いていました。
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2018年07月24日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅9 林香庵跡

志摩久家(くが)の林香庵跡は今回の旅でも重要なところでした。
林香庵は観世音寺の子院と言われています。

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林香庵

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林香庵中の小さいけれど姿のよい仏像

付近に草に埋もれるように建っていたのは、
代々の観世音寺別当の墓石です。

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時が音を立てて遡るような地です。
何も語らない摩耗した墓石たち。
そこに堆積する歴史を想像できない無力を感じました。

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2018年07月23日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅G 志摩歴史資料館

「ふーど工房しまうま」で食事をしたあとは
目の前の「志摩歴史資料館」へ行きました。

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旧志摩町から出土した考古資料を保管・展示するため、
平成8年に開館した施設です。
糸島半島はかつては今と異なり、
半島というよりほとんど島だったらしい。

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日本最古の戸籍や中国の古い貨幣、貨泉も展示されていました。

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2018年07月06日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅F ふーど工房しまうま

お昼ご飯は志摩歴史資料館前にある健康福祉センター「ふれあい」内の
「ふーど工房しまうま」でいただきました。
「ふーど工房しまうま(志摩美味)」はコミュニティ・レストラン。
NPO法人「食が紡ぐいのちの輪」が主体となって運営しています。
地産地消、安心安全の手作りの料理。
日替わりしまうまランチ(サラダ付き)は700円。
第2・第4木曜日はランチバイキングがあって、
シニアは1000円、中学生以上は1200円。

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糸島らしく赤米ごはん、タケノコのフライも美味しかったです。
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2018年06月24日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅E 支登(しと)神社

支登神社は糸島にただ一つの延喜式内社。

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延喜式内社とは905年にまとめらた延喜式神名帳(じんみょうちょう)に
記載された官社指定の神社のこと。
支登神社は今は内陸にありますが、
かつてはこのあたりでかろうじて糸島半島は陸地とつながっていて、
両側は海でした。
そばには「志登支石墓(しせきぼ)群」という遺跡があります。
支石墓とは石柱の上に石の屋根を載せたお墓でドルメンのようなもの。
支登神社はに祀られているのは海の神様、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)。
豊玉姫はイザナギ、イザナミの間に生まれたオオワタツミノカミの娘。
ニニギノミコトとコノハナノサクヤビメとの間に生まれた山幸彦と結婚して
ウガヤフキアエズを生みます。
出産の際にワニ、あるいは龍の姿になったのを
山幸彦が約束を破って見たため
ワタツミノカミの国へ帰ります。
ウガヤフキアエズは豊玉姫の妹である玉依姫が養育し、
後に玉依姫神との間に神武天皇をもうけると記紀にあります。
支登神社の拝殿は新しいもの。
2014年の火災ののち、いち早く再建されました。
明治30年代には可也山地震でも崩壊しています。
本殿裏の灯籠に開けられた穴は夏至の日の出方向にあり、
ここから光が本殿に差し込むのだとか。
光を崇拝していた古代の匂いを感じます。

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大石大神。
神池に架けられていたが膝が悪い人が橋の上で足が立ったという伝説があります。
そこで萬病平癒を願って祀られています。

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太陽観測石

古代の薫り。

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由緒

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再建委員会の想い

(つづく)


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2018年06月23日

2018.6.6糸島の観世音寺荘園を訪ねる旅D 戒壇院の和尚たちの墓石

戒壇院の唯一の末寺で隠居寺だった興福寺。
大師堂には戒壇院の和尚たち十代にわたるご位牌が残っています。
実は墓石も残っています。
それはM氏の案内がなければ行けない場所。
裏山です。
裏山には古墳があり、墓石はその上にひっそりとありました。

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裏山へ続く道

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古墳の上に墓石

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登ってきた道を振り返ると古墳の横穴が。
穴の奥に納骨されたのだそう。

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