2019年02月19日

大刀洗町の史跡見学D菊池武光銅像

大刀洗公園にある菊池武光像。

20190214_125541 - コピー.jpg

正平14年(1359)8月7日、大保原(小郡市)で小弐頼尚に勝利した菊池武光は、
敗走する敵を追って山隈原まで進出。
武光はさらに小川を渡り(菊池渡り)深く追撃しようとしますが、
死傷者は小弐方が1万8千人、菊池方が6千9百人。

20190214_125901 - コピー.jpg

疲れていたため、軍を山隈原にまとめました。
菊池武光が血まみれの刀を小川で洗うと、
刀は鋸のようにこぼれていて、川の水は真っ赤に染まりました。
このことが大刀洗町の由来です。

20190214_130220 - コピー.jpg

菊池武光像は菊池渡りの地に昭和12年建立されたもの。
馬腹や台石には昭和20年3月の大刀洗飛行場爆撃時の弾痕が残っています。

20190214_130138 - コピー.jpg


※大刀洗町文化財課HP参照
posted by 理乃 at 00:16| Comment(0) | 福岡県三井郡大刀洗町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月17日

大刀洗町の史跡見学C今村天主堂

去年の9月19日、「今村・秋月潜伏キリシタンの遺構を巡る旅 」でも訪れた今村天主堂。
潜伏キリシタンの人々がいたこの地。

20190214_105757 - コピー.jpg

19世紀の終わりまで密かに信仰が続いていたのです。

20190214_105843 - コピー.jpg

今村天主堂はロマネスク様式のレンガ造。

20190214_114447 - コピー.jpg

本田保神父が建設を計画し、信者の奉仕、
外国からの援助を受けて大正2年に完成しました。

20190214_105809 - コピー.jpg
本田保神父

設計施工は鉄川与助。彼の作品の中でも最大かつ秀逸なものです。
平成27年に国重要文化財指定。
耐震に問題があるため、いずれ手が加わる予定。
まだ見ていない方は今の姿を早めに見ておいたほうがよさそうです。

20190214_105507 - コピー.jpg

大刀洗町のマンホール。
町の木のモチノキと町の花サクラと町の鳥ヒバリのデザインです。
posted by 理乃 at 23:22| Comment(0) | 福岡県三井郡大刀洗町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月16日

大刀洗町の史跡見学B下高橋官衙跡(国指定)

ここもこんなに広い遺跡だとは驚きました。
奈良時代の郡衙(郡役所)跡で、
東に郡庁・曹司院(馬屋元遺跡)西に正倉院(上野遺跡)があります。

20190214_103520 - コピー.jpg

馬屋元遺跡は大小二重の溝が囲み、
10棟以上の掘立柱建物が配置されていて、
政庁・館・厨などを含んだ郡庁・曹司院と考えられています。
上野遺跡は大溝が囲み、
掘立柱建物が10棟以上計画的に配置されています。

20190214_104118 - コピー.jpg

20190214_103617 - コピー.jpg

掘立柱建物のうち13棟が総柱建物(高床式倉庫)で、
当時の税「米」を収納した「正倉院」と考えられています。

20190214_103637 - コピー.jpg

両者の間には官道が南北に延びているようです。
奈良時代の御原郡内にあり、ここから3.5キロには小郡官衙遺跡もあります。
小郡官衙遺跡は7世紀後半から8世紀にかけてのもので、
8世紀中頃になると多量の鉄の矢じりが出土するなど、
軍事的性格を強め郡衙としての性格が変わったようです。
一方、下高橋官衙遺跡では8世紀中頃の出土品が多いことから、
この頃御原郡衙が、小郡官衙遺跡から下高橋官衙遺跡に移転した可能性が考えられています。
※大刀洗町文化財係HP参照
ラベル:大刀洗町
posted by 理乃 at 18:34| Comment(0) | 福岡県三井郡大刀洗町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月15日

大刀洗町の史跡見学A高橋城跡

大刀洗町下高橋にある「高橋城跡」は中世の豪族、高橋氏の居城跡。
今の竈門神社境内を中心とした一帯が城跡のよう。

20190214_101106 - コピー.jpg
高橋竈門神社

木戸、溝口、屋敷という地名と北西南を巡る堀が残っていました。
「筑後国史」には「平城なり。縦五十三間、横二十五間、東に広さ三間の堀あり。西にまた二つあり。一つは広さ三間半、一つは二間の堀あり。二の丸は縦四十三間。横二十間、東西に広さ三間、南二間の堀がある。高橋三河守鑑種先祖より続きたる采地の域なり。鑑種、大友の賞によって筑前岩屋の城を賜りこれに移る。
高橋氏の祖は大蔵春実で、藤原純友の乱(939年)平定の手柄により、
上高橋、今、鵜木、下高橋を領地とし、
当初高橋城を居城としていました。
また地名からとって高橋氏と名乗っていました。
室町時代の高橋長種には跡継ぎがなく、
大友宗麟は名家が絶えることを惜しみ、
一族の一万田右馬助に高橋家の家名を継がせ、
高橋三河守鑑種と名乗らせました。
その後、高橋氏は居城を上高橋城から、ここ下高橋の地に移し、
弘治年間(1555〜1558年)に筑前岩屋城に移すまで、ここを居城としていました。
境内に残る宝篋印塔は高橋様と呼ばれ、
高橋氏ゆかりのものと言われています。(※説明書き参照)

20190214_100639 - コピー.jpg
宝篋印塔
posted by 理乃 at 23:47| Comment(0) | 福岡県三井郡大刀洗町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月22日

2018.9.19今村・秋月潜伏キリシタンの遺構を巡る旅Cカトリック本郷教会

20180919_114858 - コピー.jpg

大刀洗町の本郷にも潜伏キリシタンはいました。
本郷教会の建物は新しく、現在の神父さんは若いベトナム人でした。

posted by 理乃 at 00:40| Comment(0) | 福岡県三井郡大刀洗町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018.9.19今村・秋月潜伏キリシタンの遺構を巡る旅Bジョアン又右衛門殉教記念碑】

今村カトリック教会はジョアン又右衛門の墓の上に建てられたものでした。
ジョアン又右衛門が磔刑となって亡くなった地には記念碑が建てられていました。

20180919_114402 - コピー.jpg

細い道筋なのでマイクロバスの中から垣間見ただけでした。
ジョアン又右衛門は五島の宇久島で洗礼を受け、
後藤寿庵と名乗りました。
奥州では伊達政宗の厚遇を受けたといいます。
禁教令で政宗から追放されますが、
今村、本郷を中心に信者たちを教え導きました。
そのため幕府は棄教を迫りましたが、断じて応じず、
見せしめとしてこの地で磔刑に処せられたということです。

20180919_114350 - コピー.jpg
posted by 理乃 at 00:15| Comment(0) | 福岡県三井郡大刀洗町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月21日

2018.9.19今村・秋月潜伏キリシタンの遺構を巡る旅A大刀洗町立図書館・郷土資料室】

大刀洗町立図書館には帚木蓬生氏の「守教」の手書き原稿が展示されていました。
二階の郷土資料室では「邪宗門一件口書帳」や
「ド・ロ版大版画(地獄)」などの潜伏キリシタン関係の資料を展示。
「邪宗門一件口書帳」はキリシタンの最も古い資料で、
1867(慶応3年 )に潜伏キリシタンの取り調べが行われ、
そのとき藩に提出した供述書の写しということ。
「ド・ロ版大版画(地獄)」は禁教令が解けたあと、
今村と長崎の信者の交流でもたらされたもの。
教会がない時代、信徒が集まった土蔵にかけられ、
地獄とはこういうものだと版画で教えました。
「ド・ロ版大版画(地獄)」は現在九博で修復中とのことです。

20180919_112328 - コピー.jpg
posted by 理乃 at 17:32| Comment(0) | 福岡県三井郡大刀洗町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018.9.19今村・秋月潜伏キリシタンの遺構を巡る旅 @ 今村カトリック教会

帚木蓬生氏の「守教」でスポットライトが当てられた今村・秋月の潜伏キリシタンの物語。
その舞台を巡るM氏倶楽部の旅に誘われました。
本を読んで楽しみにしていた日がついに訪れました。
まずは今村カトリック教会。

20180919_094911 - コピー.jpg

当日のガイドは信徒の青木さんです。
ここは以前にも行ったことがありました。

20180919_095302 - コピー.jpg

ヨーロッパの教会のような煉瓦造りの建物とシンプルなステンドグラス。
田園のただ中に忽然と現れた姿に感動しました。

20180919_094946 - コピー - コピー.jpg

当時は長い歴史の中で、どんなふうに信仰が生まれ、
守られてきたのかは興味の対象外でした。
小説の力は素晴らしいものです。
今村カトリック教会の設計は鉄川与助。
大正2年に完成しました。
建てられた場所は磔となった信者ジョアン又右衛門の墓の上と言われています(「守教」では今村の庄屋平田道蔵の墓となっています)。
200年もの間、寺の門徒を偽装したりして、キリシタンであることを隠し、信仰を守り続けた信者たち。
長崎の信徒発見の2年のち、大浦天主堂の信徒4人が今村に状況を探りにきます。
そして彼らは今村信徒発見をするのです。
今村の信徒発見は紙芝居になっていて、
青木さんが読んでくださいました。

20180919_102103 - コピー.jpg

ビデオは大刀洗図書館で見ることができます。

20180919_202331 - コピー.jpg

教会内部は撮影できませんが、
チケット売り場で売っているファイルに印刷されています。

20180919_202359 - コピー.jpg

メモも売ってました。
posted by 理乃 at 00:13| Comment(0) | 福岡県三井郡大刀洗町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月05日

サンショウさんの美味しいおとり寄せ 第2弾!

中州の取材で酔いが回ってふらふらになって帰り、
やっと復活しました。

今日はまたグルメのご紹介。
引き続きサンショウさんの商品です。

sansyo1.jpg
豆乳まんじゅう たか&コロ

(ほしい方はクリックしてねグッド(上向き矢印)

豆乳とゴマでねった皮の中には。。。
ピリ辛高菜とおからコロッケ!

sansyo2.jpg

sansyo3.jpg

豆乳まんじゅう よもぎ

(ほしい方はクリックしてねグッド(上向き矢印)

つぶ餡入りのふっくらよもぎ豆乳まんじゅうです。

以上は楽天でも手に入るものなのですが…。
ごめんなさい〜。
以下は産直でしか買えません…。

sansyo5.jpg

ふだん揚げパンはNGなんですけど、
「月の峠」とここのは解禁です〜。

sansyo4.jpg

sansyo6.jpg

このふっくらぽってりしたお姿といったら。。。
もう、見ただけで美味しさが伝わりますよね〜。
ああ、おなかがすいてきたぞ…。
朝倉あたりの産直に寄ったら探してみてください。
わたしも機会があればどこで手に入るかリサーチしておきます。
posted by 理乃 at 01:06| Comment(2) | 福岡県三井郡大刀洗町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月03日

秋月とうふ家の「ゆず茶」

今、読んでいる本は南フランスが舞台なのですが、
主人公の故郷はどうも大刀洗のようなのです。
先日、訪れたばかりで不思議な接点を感じています。

その大刀洗町にサンショウという会社があります。
この会社は甘木にある「秋月とうふ家」さんの母体です。
美味しいものばかりを作っていらっしゃるんですが、
今日はゆず茶をご紹介します。

yuzutya1_1.jpg

ごめんなさい〜。
すでにかなり減っちゃってます…。

yuzutya2_1.jpg

これまで本場韓国のゆず茶も含め、
いろいろいただいてきましたが、
これは最高じゃないの?!
美味しい〜るんるん

ぎゅうぎゅうにゆずが詰まってます。

朝倉の山奥てとれたという柚子と
お砂糖だけで作った贅沢な無添加ゆず茶。

まだまだ肌寒い日々が続きます。
これまで風邪をひかなくても油断はキンモツ!
冷えたからだをあたためて。

産直のお店などに置いてらっしゃるということですが、
楽天でも買えます。
  ↓
秋月とうふ家の「ゆず茶」


もう1つサンショウさんのお菓子で
わたしを虜にしたものがあります。
豆乳ラスクなんですけど…。
あ、ラスクか、なんてバカにしないでね。
余ったパンで作りましたって代物ではございませんことよ。
まさに絶品ラスク…!
美味しすぎます。サンショウさま。
やめらない。とまらない。
いけないラスクさんです(笑)
   ↓
豆乳ラスク
posted by 理乃 at 22:12| Comment(2) | 福岡県三井郡大刀洗町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月10日

大刀洗町の今村カトリック教会

大刀洗町で仕事を終えたあと、
通りすがりに「今村カトリック教会」の標識が目に入ったので、
寄ってみることにしました。

ずいぶん前に一度、父に連れられて訪れたことがあります。
そのときは司祭さまが中を案内してくれました。

自分の足で初めて訪れるこの教会。
両側の煉瓦の塀のアプローチの向こうに二つの尖塔が見えました。
そろそろと車を進めていると、
一人の男性がこちらを見ています。

男性はわたしが観光客だと分かると、
案内をかって出てくれました。
お名前は聞いてないのでA氏とします。
デジカメを手にしたわたしに外観は撮ってもいいけど、
中はだめですと言われます。
ここは信仰の場なのです。

A氏によると大正2年に建てられたこの教会の設計は
鉄川与助によるということ。
内部の立派な柱は高良山から運ばれました。
シンプルなデザインのステンドグラスはフランス製。

A氏は教会の内部だけでなく、
周囲をぐるりと回って、説明してくれました。
教会の裏手には修道院もありました。
手入れがすみずみにまでいきとどいていて、
とても大切にされている教会だと思いました。

imamuracatholicchurch.jpg

posted by 理乃 at 00:23| Comment(0) | 福岡県三井郡大刀洗町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月01日

大刀洗町

今日は仕事で三井郡大刀洗町を訪ねました。
大刀洗町は福岡県のおへその位置にあります。

で、どうして大刀洗町っていうのかって知りたくなりました。
土地の方に尋ねたところ、
菊池武光(きくち たけみつ)が大刀を洗った川があるからということでした。

菊池武光(1319年? - 1373年)は鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将です。
南朝、後醍醐天皇の皇子で、
征西将軍として九州へ派遣された懐良親王を隈部山城に迎え、
九州の南朝勢力として征西府の拡大に努めました。
戦乱の南北朝時代がしのばれますが、
今は田園風景の中の穏やかな町です。




posted by 理乃 at 22:30| Comment(2) | 福岡県三井郡大刀洗町 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする