2010年07月07日

2010博多祇園山笠 第十二番山笠

さあ、祭り期間中ですので、
がんばって今日も飾り山をアップします。

本日はパサージュ広場の十二番山笠。

表。
表題:鬼島凱旋桃太郎。
人形師:中村信喬氏。

桃太郎のお話です。

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村人を困らせていた鬼を征伐するのは分かります。
でも、そのあと宝物を荷物に積んで持ち帰るのはいかがなものか?

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逆さ張り付けになった鬼。
筋肉質でこわい。。。

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上下逆にしました。
やっぱりこわい。。。

次は見送り。
標題:怪童金太郎。
人形:白水英章氏。

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ここでは、金太郎を家来にした源頼光(みなもとのよりみつ)という人物に注目。

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源 頼光。

平安時代中期の武将。
酒呑童子討伐や土蜘蛛退治の説話でも有名。
酒呑童子は『御伽草子』によれば、
顔は赤く、髪乱れた赤毛、手足は熊のよう。
背丈は6m以上あって、角が5本、目が15個もあったということ。
こわい〜。。。
posted by 理乃 at 00:58| Comment(0) | ★博多祇園山笠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月06日

2010博多祇園山笠 第9番飾り山

このところ超多忙で更新がままならずごめんなさい。

いつのまにか博多祇園山笠も始まっておりまして、
祭りは待ってくれないので、
とりあえず今日、仕事帰りに見た飾り山をアップします。

ソラリアの第9番飾り山です。

奉納は西日本鉄道梶B
このように企業が奉納するので
博多祇園山笠は豪華で贅沢なんですよね。
それなのに2週間の命。。。
忙しいといっては見損なってしまいます。

では表(おもて)から。

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表題は、「水郷柳川文化薫(すいごうやながわぶんかのかおり)」。
戦国時代に九州一の武勇を誇り、
豊臣秀吉にも称賛された柳川藩初代藩主「立花宗茂」の姿を、
人形師置鮎正弘氏が制作。

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でも、わたしが注目したのはこの立花宗茂の父、高橋紹運(じょううん)。
豊後・大友氏家臣、吉弘鑑理の次男でしたが
謀反を起こして絶えた高橋鑑種の跡を継いで、
筑前・宝満城に入ります。
1585年、侵攻する薩摩・島津軍5万余に支城の岩屋城で囲まれますが、
城を守り降伏にも応じませんでした。
でも、翌年、ついに城内で自刃し、壮絶な死を遂げます。
その城跡と墓は今も太宰府の四王寺山に残っています。


次は見送(みおくり)。
表題は、「歴史誇日向宮崎(れきしのほこりひゅうがみやざき)」。
天照大御神にまつわる神話の世界を、
人形師小嶋慎二氏が制作。

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天照大御神が天岩戸に引き篭ってしまうと、
世界は闇に閉ざされました。
八百万の神は天の安河の川原に集まって、どうすればいいか相談をし、
さまざまな儀式を行います。
何をやっても無駄でしたが、
アメノウズメが岩戸の前で胸と●●をさらけ出して踊ると、
八百万の神がいっせいに笑い、
なんだろうと思った天照大御神が岩戸の戸を開きます。
そのとき隠れていたアメノタヂカラオが天照大御神の手を取って
岩戸の外へ引きずり出したのです。

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アメノタヂカラオ。

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手がリアル。

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公共の場ですので、
アメノウズメはちょっとセクシーという程度ですね。。。
posted by 理乃 at 00:57| Comment(0) | ★博多祇園山笠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月13日

新天町のおませな子ども山笠

今日、またまた仕事帰りに新天町をとおりかかって
飾り山も、もうすぐ見られなくなるからと
眺めていたところ
うしろが気になりました。

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子ども山笠がそこにありました。
そこで妖艶に微笑んでいたのは弁財天!

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おませな子ども山笠でございます…。

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ね、色っぽいでしょ…ぴかぴか(新しい)
posted by 理乃 at 23:58| Comment(2) | ★博多祇園山笠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月11日

ソラリアの飾り山 見送り 西征東伐大和夢

ソラリアの飾り山の見送りは
かなりいいです。
どこが?
って、わたしの好きな古代ものだし。
なんてったって小嶋慎二さんの作る人形の顔が美しいのです。
よく見てね。

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十番山笠 見送り 西征東伐大和夢
人形師 小嶋慎二

上下で2つの場面を表現しています。

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【下部の場面】
景行天皇には80人の皇子がいました。
天皇はそのうち小碓尊(おうすのみこと/のちの倭建命)、
稚足彦尊、五百城入彦皇子の3人を皇位継承者としました。
その中でも最も有能な小碓尊に対して
南九州で強い勢力を持っていた熊襲を朝廷に恭順させるように命じました。
熊襲は武勇の誉れ高く、なか従わないと思われました。
そこで小碓尊は熊襲の首長である熊襲兄建・熊襲弟建が宴会を催した際、
叔母の、倭姫皇子(やまとのひめみこ)から授かった着物を着て女装
して酒宴に紛れ込みました。
熊襲建兄弟は美しい小碓尊を見初め、酌をするように言います。
酒に酔った二人を小碓尊は懐に隠し持った刀で討ち取るのです。
熊襲兄弟は最後に小碓尊の武勇をたたえ、
これからは倭建命と名乗るように言い残して力尽きます。

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熊襲兄建です。

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小碓尊です。

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すてきー。


【上部の場面】
東伐を終えた倭建命は大和へ帰る途中、
伊吹山の荒ぶる神を討つため、伊吹山に立ち寄ります。
山の神は素手で討ち取ろうと山を登ると、途中で白い猪に出くわします。
猪は山の神の使者に違いないと、山の神を討ち取ったのちに退治しようとやりすごします。
しかし実はこの猪こそ山の神でした。
怒った山の神は激しい氷雨を降らします。
憔悴した倭建命は大和を目指しますが、伊勢で力尽きます。
倭建命の死を知った景行天皇は伊勢で息子の陵を作らせたところ、
倭建命の霊が骸から離れ、
八尋白智鳥(やひろのはくちのとり)となって大和に向かいました。
景行天皇は八尋白智鳥が降り立った3カ所に御陵を作らせました。
それが能褒野陵(三重県亀山町)、
白鳥陵(奈良県御所)、白鳥陵(大阪府羽曳野市)ということです。
                         ※パンフより

このストーリーを知った上で飾り山を見ると、
もっと楽しめると思います。
倭建命って女装がばれないほど、
見目麗しかったのですね。


ラベル:飾り山  山笠
posted by 理乃 at 00:18| Comment(2) | ★博多祇園山笠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月09日

ソラリアの飾り山 表

仕事帰り、
ソラリアの飾り山を見てきました。
本日は表をアップします。

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十番山笠 ソラリア 表
「勇壮奮然倭建命」
人形師 置鮎正弘

上部と下部、2つの場面で構成されています。

倭建命(やまとたけるのみこと)が日本を平定するなか
火攻めに立ち向かう姿などを表現していいます。

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posted by 理乃 at 22:30| Comment(0) | ★博多祇園山笠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする