2016年08月14日

2016.8.2大川のたびD大川温泉

知り合いが清力美術館で展覧会をしていたことで訪れた大川。
小さな旅の終わりの締めくくりは温泉です。
大川に温泉?
あるんですね。どこでも。
しかもなかなかナイス。
田んぼの真ん中!
たどり着くと変なものが回転していました!

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なんだろう?
kyumeiと書いてあったので調べたところ、
なんと風力発電でした。
以前、佐賀の仕事で取材したことがあった九銘。
確か九州銘木ってことで屋久杉の家具を売る会社として取材したはずですが、
その後進化したのでしょうか?
風力発電業界にも進出しているようです。
しかも大川温泉もこの会社の経営です。へー。
奇跡のフルボ酸温泉と謳っています。

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フルボ酸ってなに?
フルボ酸は太古の植物が堆積した地層にあります。
ミネラルやアミノ酸などの養分を植物に補給させているのがフルボ酸ということ。
酸化を防止し、細胞内の有害物質を分解させて対外に排出させる役割を持っているそう。
老化は身体が酸化していく現象で、
フルボ酸は酸化を防止するためヒマラヤやインドで若返りの薬として珍重されたらしいです。

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ま、入ってみましょう。
露天風呂に行ってみます。
冷泉があり、さほど冷たくなく夏には最高!
浸かっているとからだに小さな気泡がついてきます。
擦ると気泡が浮き上がってきます。
とても気持ちいいです。
寒くなったら温かい露天に入り、交互に入るといいと思います。
サウナが変わっています。
腰掛けの上から雨漏りのようにポタポタ水の粒が落ちてきます。
つまり椅子はぐっしょり濡れているということ。
サウナだけど水滴に打たれつつ入るっていう変わったもの。
この温泉の質、とても気に入りました!
リピートしたい温泉です。
※大川温泉HP参照
posted by 理乃 at 17:16| Comment(0) | 福岡県大川市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月13日

2016.8.2大川のたびC小保地区・立花藩

大川には古い町並みが残っています。
旧有馬藩の摂津と旧立花藩の小保地区。
二つの地区は藩境で昔は争いが絶えなかったとか。
今回は小保地区を散策しました。
まず昭和初期の町家で営業している「パリ・モンスリー」。

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パン屋さんです。

うるし屋さんもありました。

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続いて天保年間に作られた緒方家の武家屋敷。

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そして旧吉原家。

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吉原家は江戸時代に旧柳河藩小保町の別当(町役人)を代々務め、
後に蒲池組(旧柳河藩の行政区分)の大庄屋となりました。
主屋は文政8年(1825年)に吉原三郎左衛門三運によって
建築されたと考えられています。

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見どころは、彫刻欄間などに見られる細部にまでこだわった職人技。

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吉原家の棟梁を務めた黒田多吉によって製作されました。
“大川木工”の伝統の技の結晶。

土間の直径約1mの鴨居にも目を見張ります。
※大川観光協会HP参照

posted by 理乃 at 16:27| Comment(0) | 福岡県大川市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月12日

2016.8.2大川のたびB昇開橋

暑い。暑い。ひたすら暑いですね。
でも、昨日の夜は秋の虫の鳴き声が聞こえました。すてき。

さて、大川の旅の続きは筑後川昇開橋です。

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昇開橋は国鉄佐賀線の可動式橋梁でした。

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筑後川をまたいで福岡県大川市と佐賀県佐賀市諸富町を結んでいたのです。

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今は歩道橋とし渡ることができます。1時間に1回渡れるので時間を
チェックして行きましょう。
写真は諸富町側ですが、ここには徐福伝説があります。

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司馬遷の『史記』によれば秦の始皇帝に「東方の三神山に不老不死の霊薬がある」と具申し、
始皇帝の命を受けて3,000人の若い男女と百工(多くの技術者)を従え、
五穀の種を持って東方に船出し、広い平野と湿地を得、
王となり戻らなかったということです。

諸富町側には橋の駅「ドロンパ」がありました。

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ここのイチジクがとろっと粘り気があって、甘くて最高でした。
ワラスボグミが売られてましたが、買ってません(笑)

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ドロンパの駐車場に佐賀には多い恵比寿像がありました。

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※徐福伝説:ウィキペディア参照
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2016年08月10日

2016.8.2大川のたびA鮨川

下調べもなくあわただしく出かけた大川。
お昼ご飯をどこで食べてよいか分からないけど失敗したくない。
そんなとき、わたしはいつも現地でリサーチします。
いくつか教えてもらった中で「鮨川」というお寿司屋さんに行くことに。
場所は清力美術館から筑後川に面して南に下ったところ。

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ランチなのですが、このお寿司がとても美味しかった!

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お寿司って、実はあまり好みではないのです。
高級寿司なら満足できると思うけど、とても行けない。
でもここはリーズナブルなのに美味しい〜と思えました。
ネタがものすごくよかった。
いつもNGの貝も、すごく柔らかくて美味しいのです。
それにいろんなものが入っていて飽きない。
唐揚げは揚げたてアツアツ。揚げ出し豆腐も作りたて。
茶碗蒸しもグッド。

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土地の人に人気というだけあって、
お客様もそういう人が多かったように思います。
posted by 理乃 at 13:05| Comment(0) | 福岡県大川市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月02日

2016.8.2大川のたび@清力美術館

所要があり大川へ行ってきました。
筑後川の川べりに立つ清力美術館の建物は
かつて隆盛を誇った清力酒造の事務所として初代社長中村綱次が施主となり、
筬島傳太郎が大工棟梁を務め明治41年(1908) に完成しました。

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木造二階建ての洋風建築と和風平屋の倉庫部分から構成。
正面の玄関ポーチには角柱や柱頭彫刻などが見られます。

二階の広間は幾何学模様の格縁天井が華やか。
平成8年に大川市指定文化財に指定され、
平成12年度に修復工事を行い、平成13年6月より「大川市立清力美術館」として開館。
平成15年には福岡県文化財に指定されています。

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昔の絵図を見ると、いかに大きな酒造だったかが分かります。
日本人が日本酒を飲まなくなったため、多くの酒造は没落していきました。
日本酒の良さを見直し、日本酒を飲み、
残された酒造が廃れることがないように願います。

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入口に置かれた杜氏の彫像

※大川市HP参照
posted by 理乃 at 20:44| Comment(0) | 福岡県大川市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月26日

関家具のオシャレな「CRASH」

家具の町、大川市。
その中の関家具を訪れました。
県道沿いにたくさん建物があって
いろんな家具を取り扱っています。
その中の1つが「CRASH」。
2階では古材インテリアやアンティークを扱っていて、
1階にはカフェと雑貨コーナーがあります。

カフェでお茶する時間はなかったけど、
写真だけ。。。

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カフェから見える中庭。。。

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雑貨コーナーの夏らしいガラスの器が安かったので購入。
1個200円でした。
とても気に入ってます。

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大川を去る前に
昇開橋を見て帰ろうと行ってみると、
工事中で見ることができませんでした。

橋のたもとに温泉が出来てました。
入ってませんが、
どこも温泉は人気で多くの人でにぎわってますねぇ。。。
(ああ、温泉行きたいな。。。)


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■関家具
福岡県大川市大字幡保98-7

posted by 理乃 at 17:28| Comment(2) | 福岡県大川市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月20日

風浪宮はすごい!

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(※クリックすると大きくなります)

大川市に行き、風浪宮に立ち寄りました。
地図に大きく記載してあり、
すごいのではないかと思ったのですが、
予想どおり。。。

神功皇后(じんぐうこうごう)が新羅に出兵し、帰還するとき(192年)、
軍船を筑後葦原の津(大川榎津)に寄せました。
そのとき、皇后の船のあたりに白鷺が現われ、
東北に飛び去りました
皇后はその白鷺は勝運の道を開いた少童命(わだつみのみこと)の化身だとして、
白鷺のあとを追わせ、
白鷺が止まった地を聖地として、
武内宿禰(たけうちのすくね)に命じて仮宮を作らせたということです。

これがご神木の楠。

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(※クリックすると大きくなります)

少童命の化身の白鷺が止まったといわれる大楠。
樹齢約2000年。
幹には大人が2,3人入れるくらいの空洞がありますが、
樹勢はますます盛んとのこと。

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(※クリックすると大きくなります)

灯篭も立派です。

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従来ここにあった石灯篭は平成17年の福岡県西方沖地震で倒壊。
平成20年に完成したこの木造の灯篭は
大工の町、大川にふさわしく、
欄間彫刻、組木建具という大川の技術を結集した
大川の職人さんたちの手によるもの。
地域の技術がこのような形で生かされていることに感動します。

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(※クリックすると大きくなります)

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本殿は国指定重要文化財。
永禄三年 (1560)、領主蒲池鑑盛入道宗雪の再建によるもの。

本殿の中の像は誰?

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(※クリックすると大きくなります)

この説明書きを読んで、
あまりの歴史の古さに驚きました。

これは阿曇磯良丸(あずみいそらまる)。
磯良丸は干珠満珠(かんじゅまんじゅ)を持って神功皇后に従い、
船団の海上指揮をとった航海熟達の海士(あま)。
風浪宮初代神官としてこの地に留まり、
その子孫は代々、宮司として後を継いでいるということ。
現宮司は第67代!

磯良丸に仕えた船頭のうち7人もこの地に残りました。
当時の船名(興賀丸、六郎丸、古賀丸、石橋丸、徳丸)を継いで、
宮乙名と称して恒例の神事に奉仕しているとのこと。

今日船名に「○○丸」と丸を付けるのは
磯良丸の丸に起因するものだそうです。

(※風浪宮HP参考)


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境内には五重塔もありました。

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(※クリックすると大きくなります)

右にある石人の説明は以下。

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posted by 理乃 at 03:23| Comment(0) | 福岡県大川市 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする